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juillet 2011 posts

samedi, juillet 30, 2011

必読・必聴「放射線の健康への影響」

児玉龍彦先生(東京大学先端科学技術研究センター教授 東京大学アイソトープ総合センター長)による、衆議院厚生労働委員会(2011/07/27)における「放射線の健康への影響」参考人説明の内容をYouTubeで観て、感動・驚愕した。

http://www.youtube.com/watch?v=O9sTLQSZfwo&sns=em

良識ある科学者の心の叫びだと思う。

しかも、素人にも分かり易くかみ砕かれた説明で、市民の内部被曝の事実を政府に対して激しく糾弾するだけではなく、提言もされている。

内容を全て文字で起こした方が居たので、リンク:

http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-626.html

原発推進・脱原発の二項対立的な視点を云々する前に、自分に欠けているのは、核開発とこれに付随する知識であり、理系アレルギーを言い訳にこういう勉強をサボって来た事が、正しい情報への理解の妨げになって来た。

科学技術の発展は素晴らしいし、まさにその恩恵に授かって母子ともに生き長らえている身としては、核が底しれないからと言って極論を振りかざして科学を否定するような愚は絶対にしたくない。

科学技術の最終的な目的は、人類を豊かにすることであり、人類の平和を脅かすものでは意味が無い。今や目的を見誤れば、人類は脆くも滅亡できてしまうほど、科学は発展し、成熟してきた。

発展には試行錯誤があり、リスクがある。地震や自然災害の多い日本で、新幹線が五十年も無事故だったのは、現状の弱みを客観的に把握し、些細な問題でも反芻し、正しい問題把握に基づいて地道に改善してきたから、と多くの識者が書いていた。原発ではなぜか、利権が絡みすぎているからなのか、新しい分野過ぎて市民からよく見えないからか、事故は隠蔽され続け、チェルノブイリに比されるほどの大きな事故に至った。ここまでの事故が起こっても尚、電気利権と癒着したメディアでは正確な情報は流されず、危機を懸念すれば、煽っていると批判され、デマも流れ、幾多ある情報の一体何を信じたらいいのか分からない。

児玉先生は、御自身も被災地に何度も行った上で、専門の知識を以った上で、現状を把握し、問題提起され、政府の無対応を糾弾されている。具体的な数値を挙げつつ問題提起する先生の姿は、人類の発展を担う科学者として、良識ある人として、"正しい"と感じるからこそ、多くの人々から反響・共感を得ているのだと思う。

先生のこの訴えが更に多くの人々に伝わり、被災地の人々を救出できるムーブメントに繋がりますように。

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パリ: 定期検診

今朝は早起きして、定期検診へ。主目的は、手術の予後を診るというもので、執刀してくれた先生で予約してあった。

義父が午前休を取っていてくれて、病院に連れて行ってくれた。

入院した時は、余裕が無かったが、改めて見たら、物凄く大きな病院だった。広大な敷地は、まるで大きな大学のような景観だった。敷地には、車が余すところなく駐められていた。印象に残ったのは、病院勤務スタッフ向けの保育所があったところ。日本にもこういう病院あるのかな?女医さんが多く活躍しているのも、病院のこういうソフト面でのサポートがあるからなんだろうなぁ、と思った。

病院内に入って、アドミの部屋の前で待機。前回は救急だったので、初診のカルテ作成のプロセスを踏んでいなかった為、改めて作ってもらう必要があった。

待っている時間が随分と長かったので、病院で働く人々の観察をしていたのだが、これが実に雰囲気が良かった。普通にあいさつしたり、会話するだけではなく、必ず冗談や気の効いたことを言うので、スタッフたちがとても和気藹々としていて、自分の仕事以外でも積極的にしようとする意気が、見ていて気持ち良かった。例えば、備品の補充をする年配女性は、待合室に居る患者や家族一人ひとりに話しかけ、ジョークを交えながら親切に案内をしていた。しかも、感心したのが、顔もちゃんと覚えていて、診察後にまた待合室に戻って座っていたら、「マダム、ああ、あなたはもう診察終わったものね」と、状況把握していた。彼女はもはやコンシェルジュだ(^^)

暫くして、アドミの部屋に呼ばれる。ここは患者さんのカルテが整然と並ぶ、カルテの図書館みたいな部屋だった。若い白衣の女性たちが、せっせとカルテの整理をしている。

「ボンジュール、マダム」と太いハスキーボイスに呼ばれて見ると、千と千尋の神隠しに出て来た湯婆と、髪ボーボーの落ち武者を足して2で割ったような、強烈な風貌のマダムが私を迎えた。彼女が此処の主らしい。眉毛は剃ったのか、無いのかよく分からないが、正直、どんなキャラの人なのか読めず、最初は内心ビビった。

話しているうちに、とても気さくで感じのいい人だと分かり、安堵。本当に、人を見かけで判断しちゃいけない好例だと思う(o^^o)

この湯婆に案内されて、「分析室」なる部屋へ。ここの担当の看護婦さんがまた個性的な人で、対応されているママたちの笑いが絶えない。体重計に乗ったり、血圧を測ったりするのだが、ただそれだけの事務的な所作が笑いに変わるというのは、初めて見た。例えば、体重計に乗っているママに向かって、「何?体重が気になるんですって?分かりました。私は見ませんからね~。は~い、見てませんよ~」と甲高い声で大袈裟な調子で言うので、最初は恥ずかしがっていたママは大笑いして、何やら盛り上がっていた。

私の番になって、いったいどんなフリが来るかと思ったら、何と、褒め殺しだった(^^)

「妊娠してから全然太ってない~!素晴らしい~!ねえ、ムッシューもそう思われるでしょう?」と、義父を巻き込んでトーク。

「名前は、Erina、と。まあ、何て素敵な名前かしら!初めて見る名前よ。わぁ、私、この名前大好き!Erineは友だちに居るけど、Erinaは無いわね~」

甲高い声で、早口で、こちらが口を差し挟む隙も与えないのだが、不思議と和む、天性の噺家のような人だった。

「べべは女の子?男の子?あら~、女の子!名前がね、やっぱりとっても大事ですよ。カサンドラとか、騎士道の時代みたいな古臭いのはやめた方がいいですよ。だって、一生モノですからね!」

・・・と言うあんばいで、日本の産婦人科医院だったら二分で済むようなプロセスが、十分まではいかないが、そのくらいの勢いで話し続けていたのだった。本当に面白い人(o^^o)

不思議な前座で合計一時間半ほどかかり、やっと本題の検診へ。

先生が待合席まで迎えに来てくれて、「元気でした~?」と、美しい笑顔で歓待しながら握手。やはり先生も自分がした難しい手術だったので、予後を心配してくれていたらしい。180センチはあろうかと言うスレンダーな先生は、何度見てもカッコいい女性だった。先生に大切なのは、医師としての素質であって、見た目などはどうでもいい筈なのだが、女医さんが少ない日本人の私からすると、女性で、医者としても素晴らしくて、更に素敵オーラ満載となると、本当に憧れてしまう。

診察室には年若いインターンの女医さんが付き添っていて、マンツーマンで学んでいるらしかった。メインの診察は全て先生が担当していて、べべの心音モニタリングをインターン先生が担当していた。

「このマダムはね、日本人で、旦那さんがフランス人で、今は上海在住なのよ~。」と、先生が嬉しそうに説明していた。

診察内容は明瞭で、必ず私の理解が得られているかを確認しながら話してくれた。時折、インターン先生にも丁寧に説明をする。

インターン先生はまだ不慣れで、べべの心音を上手くキャッチできず、苦戦していたので、先生がさっと近づいて、優しく諭すように、「べべが居るのは子宮のてっぺんのこの辺りから、ここまでだから、その範囲内で追えばいいのよ。あ、ここに居るから当ててみましょう」と、先生がセンサーを当てたら、一発だった。う~む、やはりベテランは違う。

結論としては、予後も問題なく、母子ともに、非常に順調とのことだった。このまま順調に過ごせますように、月満ちてからこの病院で産めますように・・・と願いつつ、病院を後にした。

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jeudi, juillet 28, 2011

"旅に出よう 世界にはいろんな生き方があふれてる"

上海で読むはずだったこの本をパリで読み終えたのも、何だか本自体が旅してきたみたいで面白いなぁ、なんてひとりで微笑みながら読んだ。

著者が、元々想定している読者層が若いこともあって、含蓄のある事が、とてもわかり易く噛み砕いて書かれている。読後は清々しく、心が素直になった気がした。ああ、この本は、息子やこれから生まれてくる娘にもぜひ読ませてあげたい、そう思える本。

著者は、五年と言う歳月、夫婦二人で多くの国を旅して暮らしてきた。オーストラリアから東南アジア、中国、イランなど西アジア諸国、そして、ヨーロッパ、アフリカ。その旅の軌跡が凝縮され、特に印象深い出会いを取り上げ、その出会いから得られた思いを綴っている。

様々な国、宗教、民族、習俗。それを目の当たりにして、著者の"先入観"と言う厚いガラスが砕け、生身の人間の生き様に感動し、学び、受け容れていく。同時に、本人の意識もまた大きく成長して行く、という様子が、生き生きと伝わってくる。

この"先入観"は、旅をして実際にその地に足を運んでも居ない私たちが、少なからず持っている、バイアスのかかった、"他人の視点"。メディアを通じて、何でも知ったかのような錯覚に陥っているが、実際は全然違うんだと言う事が、この本を読むとよく分かる。

著者は、出会いを積極的に求め、出会った人々の体験を知る事で、その社会的背景も描き出す。著者が興味を惹かれた人々は、普通に日本で暮らしていたら、全く想像のつかないような、苦難を経て来た人が多く、読みながら、あまりの苦境に涙がこぼれることもあった。

しかし、苦境にある人は、ポジティブである。著者自身も、苦境に決して挫けないタフさがあるからか、本書に悲壮感は全く無く、逞しく生きる人々への敬意と愛情に溢れている。

人生を試練の旅、学びの旅と考えるなら、国籍や宗教、人種は関係ない、それぞれが違う旅の仕方をしているだけで、皆、生身の、旅の途上の仲間たちなのかも知れない、と読んでいてふと思った。著者はそれを体感してきたからこそ、それぞれの地で、旅を締め括る言葉が、旅を通して、人生に通じるような示唆に富んでいる。

個人的に一番印象に残ったのは、このくだり:

地球上には無数のつながりが張り巡らされていて、ぼくたちの誰もが、いろんなつながりの中で生きているのです。五、六世代もさかのぼると、実は全く予想もしなかった町や地域と不思議な縁で結ばれているかもしれないし、自分たちの先につながる世代はそれこそ世界のどこに縁をつないでいくか予想もつきません。また、どこか全く知らない土地を旅したときに、まるで予想もしなかった縁に出合って驚くこともあるでしょう。そうして、誰もが、生きていく中で、無数のつながりを作り上げ、そんな無限の網の目によってこの世界はできているのです。
(p.98)

誰もが、世界の人々とつながって、より豊かな旅=人生を見つけられる可能性を持っている。

若い人たち、自分の置かれている環境に閉塞感を感じたり、未来に希望が持てないと思っている人たちには、特にお薦めの本。著者のように、人生が変わる契機になるかも知れない。

旅に出よう 世界にはいろんな生き方があふれてる
近藤雄生 氏著
http://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/4005006531/

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※帯も付いていたのだが、息子に噛まれてしまったので、帯無しに・・・。本も少し噛まれたのだが、何とか奪回して、事なきをえた。読んで欲しいけど、食べろとは・・・(T_T)


実は、著者の近藤氏(近ちゃん)は、高校時代の塾が一緒で、当時からとても爽やかな好青年で印象的だった。本書にある2003年に、彼の結婚式二次会に、同じく高校時代からのソウルメイトA嬢が誘ってくれて、一緒にお祝いに駆け付けることができたのだった。高3以来会っていなかったので久しぶりだったのだが、変わらず気さくで真っ直ぐで、しかも、プロのライターとして新婦と世界に旅に出ます、と宣言していて、A嬢とともに、スケールが違うねぇ~、カッコイイねぇ~!とワクワクしながら祝福したのだった。しかし、本書にも何度か出て来るが、奥さま。お世辞抜きで、女優さんみたいに美人さんで、優しい微笑みを湛えて近藤氏の横に居る姿を見て、彼が何度も猛アタックしてやっとハートを射止めたと言うエピソードに、心底納得したのだった。そういう経緯も本書にチラリと書いてあるが、随所で、奥さまへの深い愛情が伝わってきて、本当に強い絆で結ばれた素敵な夫婦だなぁ~、と、目尻が下がったりしながら読んでも居たのだった。近藤氏の家族への深い愛情と、人生を切り拓く精神力。彼も書いているように、それは人生、山あり谷ありだが、彼は必ずや家族を幸せにし、自分の人生を充実させられる人だと信じている。


sun近藤 雄生 氏 info.
http://www.yukikondo.jp
Twitter @ykoncanberra

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mercredi, juillet 27, 2011

世界連邦21世紀フォーラム 第31回「世界水ビジネスの現状と日本の戦略」

世界連邦21世紀フォーラム事務局より、次回、8月20日(土)のフォーラムのお知らせが来たので、以下に転載します。水資源の争奪戦は既に色んな地域で深刻な問題になっている為、日本にとっても全く他人事ではないと思います。:

http://www.wfmjapan.com/

次回はグローバルウォータ・ジャパンGWJ代表の吉村和就先生からお話しを伺います。

21世紀の私たちの文明にはさまざまな課題が積算しておりますが、その中でも最も身近であり深刻な問題が「水資源」です。
水資源問題は食料問題と直結した問題であり、また、日本の産業を支えるハイテク分野においても密接な関係を持っており、世界で深刻化を増す水資源問題と日本は無縁ではありません。

吉村氏の提唱する「世界の水ビジネスの現状と日本の水資源戦略」にふれていただき、皆様と共に水に対する取り組み方を考えてみたいと思います。

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第31回「世界水ビジネスの現状と日本の戦略」

1. 世界の水資源問題(人間が使える水は0.01% / 人口増加と経済発展で水不足が世界的に深刻化 / 急増する世界の水需要)
2. 日本も世界の水不足に無縁ではない(食料と仮想水 / 日本は世界最大の仮想水輸入国)
3. 水は国家の安全保障(水をめぐる国家の争い / ライバルの語源はリバー〔川〕)
4. 水資源の確保(海水淡水化 / 下水の再利用)
5. 日本の水戦略(自民党「水の安全保障研究会」/ 超党派「水の安全保障戦略機構」/ 上下水道の維持管理 / ビジネス創造 / 勝てる戦略は)

日 時:2011年8月20日(土)  開場9:40  講演時間10:00〜12:30

場 所:東京体育館 第二会議室

住 所:東京都渋谷区千駄ヶ谷1-17-1
地 図:http://www.tef.or.jp/tmg/access/access.html

講 師:吉村和就

参加費:会員2,000円/非会員3,800円

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講師プロフィール
グローバルウォータ・ジャパンGWJ代表 / 国連テクニカルアドバイザー。
長年、大手エンジニアリング会社にて営業、開発、市場調査、経営企画に携わり、環境分野ではゼロエミッション(廃棄物からエネルギーと資源創出)構想を日本に広げた。国の要請により国連ニューヨーク本部に勤務、環境審議官として発展途上国の水インフラの指導を行う。またISO/TC224の日本代表として、日本提案をISOに登録させた。日本を代表する水環境問題の専門家の一人であり、国連本部勤務の経験を踏まえ、日本の環境技術を世界に広める努力を続けている。その間多くの講演(英語、日本語)をこなし、また、関連業界紙や専門誌に数多くの寄稿をしている。
また、NHKクローズアップ現代、TBS,テレビ東京、フジテレビ等で、水問題を国民に判りやすく解説している。最近では、水の安全保障戦略機構・技術普及委員長、経済産業省「水ビジネス国際展開研究会」の委員も務めている。
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【参加申込みの予約方法】
フォーラム参加の申し込みにつきましては、以下のアドレスにアクセスして頂き、
本講座プログラムページの参加申込みフォームよりお申し込み下さい。

http://www.wfmjapan.com/program/2011/08/20105641.php

【参加費の振込について】
本フォーラムの参加費は“ 事前振り込み ” となっています。
お手数かけますが、下記の口座に指定の金額をお振り込み下さい。

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〈銀行からの振込〉
ゆうちょ銀行  (店番号) 008
(店名)00八 (店名の読み)ゼロゼロハチ
普通預金   (口座番号) 6213686
(口座名)セカイレンポウニジュウイッセイキフォーラム
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〈郵便局からの振込〉
ゆうちょ銀行
(記号)10090 (番号)62136861
(口座名)セカイレンポウニジュウイッセイキフォーラム
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※振込の際には、必ずご本人様のお名前を記入して下さい。
振込名が会社名だと分からない場合があります。

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mardi, juillet 26, 2011

パリ: 息子の成長 〜生後13ヶ月〜

あっという間に大きくなった息子。

歩き始めたので、改めて見ると、・・・本当に大きくなった。

義理の両親が毎日嬉しそうに散歩に連れて行ってくれるのだが、公園で出会うお母さんたちに、「2歳くらいですか?」と言われるのを誇らしく思っているようだ。

そして、姪っ子たちが皆、息子を溺愛して可愛がってくれたので、姪っ子たちと同じブロンドの女の子を見ると、特に興味が惹かれるらしく、公園に行く度に、「今日はイギリス人の、16ヶ月の金髪碧眼の女の子にアピールしてたよ」とか、「今日はフランス人。サブリナって言う名前の可愛い金髪の子」と報告を受けると、積極的で実によろしい、と思わず笑う。

一度、プチバトー(フランスの子供服ブランド)のお店に行った時に、息子をバギーに乗せて行ったのだが、ふと気付いたら、隣のバギーの女の子の腕をしっかり握って嬉しそうに笑っていたことがあった。これもまた積極的で実によろしい(o^^o)

ははは、誰に似たんだろう~(o^^o)

義母はお散歩に出かける度に、「さあ、今日も可愛い女の子をひっかけるわよ~♪」と息子に言って大笑いしながら出かける。

ちなみに、夫も私も金髪はそんなにタイプではなく、二人ともなぜか、髪色は濃いめ、目の色が青とか緑色の人が凄く綺麗だと思っていたりするのだが・・・まあ、両親の個人的な趣味は押し付けまい(^^)

ただ、面白いことに、最近どんどん髪の毛の色が薄くなってきて、前はマロン色、つまり濃い茶色と言われていたのに、今ではシャタン色、と、マロンを明るくした薄い栗色になってきた。実際、夫も10歳くらいまでは金髪だったが、今は濃い茶色になったので、ヨーロッパ人は髪の色がどんどん変わるのはごく自然なことらしい。息子の髪の色の変化を義母は「シャタンよ、シャタン。前はマロンだったのに、不思議ね~」と何やら嬉しそうに言っていた。私としては、明らかにお義母さんから受け継いだと思われる、息子の長い長いくるりん睫毛に感謝したい。あれなら埃も入りづらいし、たとえ将来ブッサイクになったとしても、何となくチャーミングなポイントとして残るに違いないっ。

いつも、いろんな人から、穏やかでおとなしいと言われて来て、どの人も良い意味で言ってくれているのだが、そのことに少し心配もしていた。この激動の時代に、引っ込み思案なのは色々ツラいんじゃないか、とか。親としては、あれやこれや考えてしまう訳です。そうしたら、意外にも、公園に行くと、3-4歳の男の子たちにちょっかい出されたり、遊具を取られそうになると、ガーガー大声を出して立ち向かって行ったりするらしく、義理の両親もこれには驚いていた。「この子は、間違いなく、シャイじゃないね(^^)」

息子がどんどん変化して、育てがいのある、頼もしい子になってきた、とほくそ笑んでいると、夫が、「うちの子も可愛いけど、それよりも、誰々の子の方が可愛い」と、まるで白雪姫に出てくる鏡のようなことを言い出し始めた。確かにその子は有り得ないほど可愛いけど、そんなわざわざ比べて、しかも卑下してどうするんだ~、と言ったら、なんでも、親バカになり過ぎて、自分の子どもの本当の姿を客観的に見られなくなるのは良くないので、現実を理解するために言い続ける、とのことだった。

むむむ・・・確かに少し前のめり過ぎたかも知れない。マザコンでは無い、自立心旺盛な子になって欲しいので、愛情は注ぐが、排他的&偏狭な母親にはならないよう、気をつけよう。

で、息子の成長に話を戻すと、よく育児書なんかにもある通り、あらゆる物に興味を持っている。特に危ないものや、大人が触って欲しく無いものが好きで、既に義父がバレンタインに義母に贈った素敵なボヘミアングラスのボトルを壊すと言う前科有り。

どうも義父の持ち物に興味が集中する傾向が有り、パソコンのキーボードやマウスは、見様見真似に触って使うフリをするし、義父のクラシック音楽CDのコレクションは、毎日破壊寸前の憂き目に遭っている。

こちらがその様子↓

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義母は、自分の夫が大切にしているものだとわかっているので、毎日、「カタストロフィだわ~!」と叫んでいるが、いつも凪のように穏やかな義父は、毎日CDやDVDがすごいことになって居ても、怒ることなく、なぜか、むしろ嬉しそうにしている。

実家はデュプレクスなので、家の中に階段があるのだが、息子が階段を昇る速さには目を見張る。さらに、義父の持っている大きな脚立も、すいすいと登るようになってしまった。登るだけ登って降りれなくなると、義父に手を伸ばして、抱っこしてくれ、とせがむ。

こういう向こう見ずさは、男の子特有のものなんだろうか、それとも、赤ん坊は誰しも向こう見ずなのかしら。それは、娘が産まれてからまた見てみようかな(^^)

本当に子どもの成長はあっという間。

去年の今頃はまだ産まれたてで、触れると壊れそうなか弱き存在だったのに、今や自己表現・自己主張が活発になってきている。

日々の成長が本当に楽しみ。

これからも、恙無く、元気に育ちますように。

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vendredi, juillet 22, 2011

パリ: 家族仲良く風邪

ここ一週間ほど、パリは涼しい。・・・と言うか、寒い。

そのせいか分からないが、姪っ子、義父、息子が揃って同じ様な風邪をひき、特に息子が昨夜から発熱。(義母と私は何事もなく、お互い何となく苦笑い^^;)

息子はまだ一回しか熱を出したことがなかったので、抵抗力を高めるためにも、そろそろひいたほうがいいんじゃないかと思っていたので、つらいのは可哀想だけれども、強い身体になるための試練かと。

息子三人、孫娘三人を育て上げた義理の両親は慣れたもので、消化に良いものを食べさせて、薄着をさせて、高熱になったら薬を与えて、と実に手際よい。

一番ショックを受けて傷心なのが、息子を溺愛する姪っ子。つらそうな息子を見て意気消沈し、親以上に保護モード。息子は一人で寝させているのだが、姪っ子が寝る直前まで添い寝したり、息子の気分を盛り上げようと必死だった。息子も、姪っ子が一番のお気に入りなので、姪っ子が語りかけるとむずがるのをやめたり、笑顔になったり、気持ちが鎮まるようだ。本当に姪っ子の尽くしぶりには頭が下がる。

暑がりだけど、もうちょっとだけ夏らしく暖かくならないかなぁ、と思うのだった。明日は熱が完全に下がるといいけれど。とりあえず、今は寝始めたので、ひと安心(^^)


※毎日楽しそうに遊ぶ姪っ子と息子の様子。
写真を撮ったら、奇しくも同じ色のシャツを着ていて、まるでペアルックみたいだった(^^)
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mercredi, juillet 20, 2011

パリ: 日本の漫画にハマる瞬間

日本のアニメや漫画の世界第2の消費国として名高いフランス。(日本に次いで)

我が夫や、夫の友人たちも軒並み日本のアニメや漫画ファンが多いが、パリに来てみて、フランス人にどんな風に浸透してきた&しているのを目の当たりにすることができて、実に興味深かったので、これも書き留めておこうかと。

先ずは13歳の姪っ子の話。彼女は、私と一緒に義理の両親の家に長いこと寝泊まりして居たのだが、その間に日本の漫画にハマり、今では毎週のように漫画を買い足すようになった。

図らずも、きっかけは、私だった(^^)

実家からもさほど遠くない、パリはBercyと言うエリアに、古い石造りの家屋をリノベーションしてつくられた商業的な街がある。ここは恐らく上海の新天地のモデルになったのではないかと思われる街なのだが、色んなショップやレストラン、カフェが立ち並び、休日には大ぜいの人で賑わう。

ここに最新設備の整う大型映画館があるので、先月夫が滞在していた頃に、ふたりで一緒にお出掛けしたりしていた。

レストランで食べて、ショップを覗いて、映画を観る、と言う、その街の中だけで楽しめる、シンプルなお出掛け。しかし、私にとってはいつ行っても真新しく楽しいエリアで、どんなお店があるんだろう、どんな商品があるんだろう、と見て回る。

ショップの中でも特に印象深かったもののひとつが、Albumと言う名の、日本のサブカルにインスピレーションを受けた雑貨や日本の漫画やアニメのフランス語版が売られている所。広い店内に、膨大な量の漫画が並んでいるのは圧巻だった。

One Piece、北斗の拳、Naruto、ドラゴンボール、ベルセルク・・・ちょっと見ただけでも、日本にある書店とラインナップが変わらないんじゃないかと思えるような、豊富な在庫。しかもすべてがフランス語!少女マンガも豊富にあったので、女性客の需要もあるんだな。

で、「向学のために」と言い張って、夫におねだりして買ってもらったのが、めぞん一刻(一巻)。原本も持ってるし、内容を知っているだけに、 フランス語版だとどうなんだろう、と興味津々。

落ち着いたらゆっくり読もうと、玄関のテーブルに置いておいたら、私がシエスタをしている間に無くなっていた。姪っ子がこっそり読み始めていたのだった!

可愛い可愛い姪っ子なので、彼女が読み終えたら読めばいいや、くらいに思っていたら、彼女は夜も寝る間を惜しんで読むほどハマってしまっていた。「ちょっとストーリーが難しいけど、面白いでしょ?」と聞くと、「凄く面白い!」と嬉しそうな笑顔。

日本のアニメは既にたくさん知っていても、漫画を読むのは初めてだったらしい。あまりの予想外の面白さに、二巻、三巻、と、義母に買ってもらったり、自分の両親に買ってもらって、今や全10巻中、8巻まで買い揃えている。

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10年近く前にパリの書店で見た日本の漫画の翻訳版は、擬音語まではさすがにカバーされてなかったが、今回見たら、余すことなく、全部フランス語!

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思いがけず、こんなに身近で、日本の漫画にハマり始めたフランス人を目撃することができたのだった。

彼らが日本の漫画やアニメにハマる理由は何だろう?と真面目に考えると、圧倒的に、ストーリーと世界観なのかな、と思う。絵が可愛いとか面白い、と言うのもあるだろうけれど、そんな表面的なことだけでは、フランス人の目は誤魔化せないだろう。日本人が大人になっても、漫画が面白くて深いと思うのと同様に、フランス人もその世界観の深さに魅了されるに違いない。

現に、義理の両親は小津安二郎監督や黒澤明監督作品を始め、日本の映画を高く評価していて、とても詳しいが、それと同じくらいの情熱を宮崎駿作品にも注いでいる。

息子のために日本の母がパリに送ってくれたジブリのCDをかけると、どの映画の曲かすぐにわかると言うジブリオタクぶり。難解なフランス映画を観て育ったフランス人の大人がこれだけハマるのは、ストーリーと世界観の成熟無くしてはあり得ないと思う。

昨今、漫画やアニメが売れるから、と言う商業的な理由で推している国や組織もあって、それはそれで、ある部分当然の成り行きかも知れないが、日本の漫画やアニメの真髄は、お金では無いと思う。

人気の漫画の作者が作品に込める思いや読者への感謝の念、作家自身の飽くなき作家魂。フランス人が métier と呼んで尊重する、職人・芸術家の信念が、各作品から感じ取れるからなんだと思う。古来から延々と成熟した文化(自国、外来問わず)に触れて来た人たちならではの、こだわりの審美。

あとは、日本の独特な世界観は、街並みだったり、フランス人には考えられない奇抜なファッションの人が居たり、というエキゾチックな魅力もあるだろう。めぞん一刻を読んだフランス人は、日本に来て似たようなアパートを見かけたら、きっと嬉しくて興奮するだろう。あるフランス人は、何かのアニメか漫画で、登校時間に遅れるからと慌てて食パンを口に挟んだまま家を飛び出す女子高生を見て、日本に行ったらそういう女子高生を其処ここで見れるんじゃないかと思っていたらしい。つまり、日本と言う不思議なエキゾチシズムを持った国を、漫画を通して理解し、共感してしまうと言う面白い効果。

今日も姪っ子は、めぞん一刻に没頭している。

時々、「日本って右ハンドルなの?」とか、細かい質問が来る。そんな細かい違いからして、漫画で体感出来ちゃうんだなぁ。

「GodaiはもうKyokoに愛の告白をした?」と訊いてみたら、「ううん、まだ。でも彼女は2人の男性が彼女を好きなことはわかってるの。」と、真面目に説明してくれた。こういうストーリーって、お年頃の乙女心をくすぐるんだろうなぁ。

いつも息子のベビーシッターを快くしてくれて、完全に息子のハートをがっちり掴んだ姪っ子。夫とともに、お礼に何か次の漫画を買ってあげようと言っているのだが、果たして次は何がいいだろうか。やっぱり、のだめカンタービレかな。

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dimanche, juillet 17, 2011

パリ: レバノン人のお友だちと再会

今日は二年振りにレバノン人のお友だちカップルと再会した。

前回は東京で、一緒にお台場の巨大ガンダムを観に行ったのが最後。

とにかく日本贔屓で、今回もわざわざ実家に来てくれたのだが、理由は、来週からまた一ヶ月ほど日本に行くので、買って来て欲しいものがあれば言って欲しい、ということ、あとは、やはり心配をかけていたようで、私の体調はどうかと見舞ってくれたのだった。

初めて会ってから何年経つだろう。二人とも、最初に会った時から少しも変わらず気持ちのいい人たちだ。彼の方は、フランスのエリート中のエリートな上、彼らはヴィクトル・ユーゴーの住んで居たアパルトマンのある高級住宅街エリアに普通に住んで居るようなブルジョアなのに、全くもって気取りのない、素朴な優しいオーラを発して居る人たち。彼女の方も、いつもぱっと花が開くような美しい笑顔をたたえている人で、今日初めて会った義母が、「彼女は本当に綺麗で、インテリで、と~っても感じのいい人ね!」と大絶賛していた。全く同感。ちなみに、美女に弱い我が息子も、これでもかというくらいの笑顔で彼女を見ていたので、ヨシヨシ(^^) 審美眼を養って頂戴。

お茶の時間に来てくれたのだが、持って来てくれた美味しいレバノンのお菓子を肴に話が尽きず、途中で義理の両親が息子の散歩に出かけたその後も、ずっと話し込んでいた。

レバノン料理の話や自分の入院中の話、上海とパリの生活の話、家族の話。一番盛り上がったのは日本の話。彼らは本当に日本が大好きで、各地に旅行しているが、特に好きなのが京都なので、今回の旅行も最も長く滞在するのは京都で、次に周辺の大阪、姫路、奈良、滋賀を回り、その後、阿蘇に行くそうだ。前回も天の橋立に三週間泊まり、旅館の女将が彼らの京都ファンぶりに感動して泣いたんだ、と教えてくれた。同じ旅館にそんなに長く滞在する旅行者はそうそう居ないでしょうから、それは感動するだろう。

京都の何が彼らをそこまで惹きつけるのか尋ねたら、古刹はもちろん、古い木造の商店が立ち並ぶ風情や、嵐山の竹林、庭園、等々、京都のすべてが美しく情趣があるから、と言うことだった。彼女は職場のデスクに沢山の京都の写真を飾って居るそうで、同僚たちが、天の橋立の写真を見て、「これ綺麗だね~!どこ?」と興味津々に訊いてくるとか。中には、「ああ、これは知ってるよ、 ブルターニュでしょ?」と真顔で言う人もいて可笑しいと笑って居た。

旅行先の候補の国はいつもいっぱいあるのだが、気付けば何処にも触手が動かないのだそうで、何度行っててもやっぱり日本、となるのだそうだ。よっぽど日本にご縁のある人たちなんだな、と思う。

箱根の芦ノ湖にも行くそうで、夫が既に勧めていた富士屋ホテルに泊まるらしいので、去年行った箱根神社も勧めておいた。息子の名前を決める最後の決定打にもなった、星の王子さま美術館も勧めておこう♪ フランス人にとってもすごく面白い場所らしい。

話は尽きず、名残惜しかったが、日本から戻って来たら、また遊びに来るね~と行って、朗らかに去って行った。ちょっぴり寂しかったので、いつもより多くビズー(キス)。

今日のパリは、小雨の降る寒い一日だったけれど、彼らに会えたお蔭で、心に灯の点るような、素敵な一日だった。

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samedi, juillet 16, 2011

パリ: "Le choix du Roi" 王様の選択

フランス語で"Le choix du Roi" (The choice of the king, 王の選択)という表現があるのだが、今回、2人目が女の子、という話が判明してから、あらゆるフランス人たちに"Le choix du Roiだね〜"と言われて、面白いなぁ、と思った。 ※ le coup de Roi と言う人も居た。同じような意味。

意味は、1人目が男の子で、2人目が女の子、という順番で子どもを授かるとそう言うらしいのだが、昔は、1人目の男の子は王位継承権を持つことで家が安泰、2人目は娘だと他家に嫁いでくれて、王位を強化するようなよき姻戚関係が出来るから、ということだったようだ。古い話なのに、表現だけは今も残っていて、それを人々が言って来るのが面白い。

日本だと一姫二太郎、という言い方で、1人目は女の子を生んで、2人目に男の子を生むと、女の子が2人目をしっかり面倒みてくれて楽、というのを聞いたことがある。でも、リンク先を見ると、実は逆の期待が・・・と言う興味深い説も。

中国では、フランスと同じで、1人目が男の子で2人目が女の子がいい、と言われているそうである(阿姨&中国語の先生談)。男の子を産んで継承者を作らねば、というプレッシャーが凄いから、とりあえず先ずは男の子、でも本当は女の子も欲しい、みたいなことなのかしら??そのためか、私の妊娠が判明してから、阿姨はいつも呪文のように、「絶対女の子!私にはわかる!絶対女の子!」と言い続けていた。女の子だと判って一番喜んでいるのは、案外彼女だったりしてcatface そう言えば、中国では、男尊女卑的な社会風潮から、男の子が多過ぎるために、"圧倒的な女性優位社会が誕生"したという興味深い記事もあった。余談だけれど。

今の時代、フランスや日本で、性別がクリティカルなのは、余程家名や血筋が大切な家や、伝統的な価値観を保守している家だけなのかな~と思っていたが、どうだろう。知っているお家で、家名が大事なところは、女の子しか生まれなかったとしても、婿養子をもらっていたり、孫(男の子が生まれた場合)を養子に入れていたり、といった方法で家名を残していたりするし。

それなのに、な~んでフランスで、古い価値観に根差した表現が今も普通に使われているのか、とっても不思議。社会は意外と伝統的な価値観を潜在的に引きずっているのだろうか?自分たちで王制を無くしたのに、わざわざ王様言ってるし。 そう言えば、「アメリカ人の理想の経営者はジャック・ウェルチ、フランス人は、ルイ14世」と言うのを聞いたことがある。王制倒したけど、自分たちで倒しておいて、本音のところでは絶対王制に憧れてるんか~い!と思って可笑しかった。 ルイ14世時代の劇作家モリエールの書いた台詞の数々は今も諺みたいに健在で、夫が私を茶化したり、皮肉る時にしばしば使われている。王制は否定したが、こういった豪華絢爛な芸術や成熟した文化を生み出し、政治的にもフランスをひとつにまとめ上げた偉大な王様の時代には、やはり誇りとか憧憬が根強くあるのかな、とか。 フランス社会の心性は実に複雑そうで面白そう。せっかく縁あって居座ることになったので、いろいろ調べてみよう~。(恐らくは、その辺義父が一番詳しいのだが、おバカな質問する前に、最低限は知っておかないとね(^_^;)) な~んてことをつらつらと考えているうちに、夜が更けて来たので、この辺で寝よう~。

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vendredi, juillet 15, 2011

パリ: 革命を記念する日

昨日は7月14日。

フランス革命の発端となったバスティーユ襲撃が起こった日で、パリでは恒例の式典やパレードが行われた。フランス語でそのまま Quatorze Juillet (7/14のこと)と呼ばれ、日本語ではパリ祭と呼ぶ。

各国のフランス大使館でも、特別なイベントがあったりして、4年前に夫と東京のフランス大使邸でのパーティに行ったことを思い出す。

式典は10時頃にスタートし、テレビで生中継される。

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シャンゼリゼでは、沿道にずらりと騎兵隊が。

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全然関係無いが、実家で最近買った大型テレビがサムソン社製で、微妙に凹んだ。やっぱり韓国企業の世界市場への躍進は凄い。個人的にはシャープの亀山モデルを買って欲しかった。・・・って、フランスでも売ってるのだろうか。サムソンなら確実にありそうなのはわかるけど。

・・・。気を取り直し、本題。

式典には、サルコジ大統領はじめ、フランスの閣僚が参列する。

イベントの目玉は、パレード、花火、フランスの最新鋭の戦闘機たちのパリ上空飛行。実は、入院中にちょうどテスト飛行をしていて、大きなジェット機が隊列を組んで飛ぶのを見て興奮したのだが、夫が、「当日は毎年うちの実家の上空が飛行ルートだから、バルコニーで見たらいいよ」と勧めてくれていた。

そして、昨日が当日。

義母がよく手入れした薔薇たちが咲き誇るバルコニーで、息子も座らせて、一同、香りを楽しみながらジェット機を待つが、一向に来ない。

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最近泊りがけで遊びに来ている姪っ子が、痺れを切らして、「サルコジ!何もたもたしてるのかしら!」と叫び、一同大笑い。式典と並行して飛ぶので、式典がもたつくと飛行も遅れる。結局、最初のジェット機が来たのが10:30頃だった。

エンジンの音が近付き、色んな隊列の戦闘機が綺麗に整列したまま飛んでいる。

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IPhoneだと限界が・・・。義父が一眼レフで撮っていたのをくれるらしいので、データを貰ったら追加アップしようかと(^_^;)

戦闘機の隊列を見て、義父が「アポカリプスみたいだな」と呟いていた。私はその映画を見て居ないのでわからないが、どうやら似ているらしい。

息子はジェット機そのものよりも、エンジン音に興奮していて、寒いだろうから膝にかけて固定したブランケットを何度も外し、余分に履かせたズボンをご丁寧に脱いでいた。あと数年もすれば、ヒコーキ好きになるのは間違いない。フランス人は、鉄ちゃんよりも飛行機マニアが多いという話を聞いたことがある。市内でこんな格好いい飛行ショーがあったら、それは納得がいく。

ジェット機鑑賞の後は、姪っ子の家族が合流し、いつもの家族ブランチ。義母が前日から煮込んで用意したクスクス。香ばしさが家に充満していた。

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家族でワイワイ、がやがやしながら食べるのは、いつものことながら楽しい。

イタリア人の義姉はいつも、同じ外国人の私を気遣って、色んなことを話して聞かせてくれる。同じ外国人だからこそ、きっとこういうことを知りたいに違いない、と言うのがわかるようだ。三児の母でありながら、バリバリのキャリアウーマンな彼女は、30過ぎてからフランス語を完全にマスターし、今ではビジネスでもフランス語。母親としても、家族に愛情を注ぎ、尊敬を受けている。彼女の前向きな逞しさには、いつも憧れる。

食事の後は、家族全員でパレードを観にお出かけ。静養中の私はお留守番。義姉は私と残ると言ってくれたのだが、私はシエスタしようと思っていたので、ありがたいけど、家族と行った方が良いと言うと、じゃあ、良いシエスタを!と言って出かけた。本当に良い人だ~(T_T)

夕方、義理の両親と息子だけ家に戻り、いつもの静かな家に戻った。

夜、眠くなったので、22時過ぎに寝ようとしたら、「花火を見逃しちゃだめだよ~」と義父。シャイヨー宮で、深夜にかけて大掛かりな花火があるらしく、イベント公式サイトで生中継、と言うことで、特別に夜更かし。こちらが公式サイト↓
http://14juillet.paris.fr

この花火を見るために、毎年100万人が集まるそう。

花火とレーザー光の大規模なスペクタクルで、新旧人気のミュージカルの歌に合わせて色んな花火が打ち上がる。マイ・フェア・レディ、キャッツ、雨に唄えば、シカゴ、ウェストサイド・ストーリー、等々、米英の代表作が来たかと思えば、ところどころで、シェルブールの雨傘、ノートルダム・ド・パリなど、フランスの代表作もしっかり入っていた。

花火はフランス製かと尋ねると、恐らくそうだと言うことだった。何でも、4世紀に亘る花火職人の一家が居るらしい。

派手な花火が打ち上がる度に、「オーララー、花火一発当たり、市民の税金がどのくらい遣われているのかしら?」と冗談を言う義母。「ごめんなさい~、払ってない私も楽しんじゃってて♪」と一応、詫びてみる。

一度は子どもも連れて観に行ってみたいものだ。

花火は深夜近くに終わったが、市内で花火を打ち上げる人たちが居て、4時頃には、爆発音のようなものすごい音がして、それにつられるように各所で上げてる音がした。うるさいけど、まあ、春節の中国には全然かなわないから大丈夫(^^)

思いがけず、パリで初の Quatorze Juillet。なかなか楽しい一日だった。

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jeudi, juillet 14, 2011

パリ: 入院中の出来事

入院した病院は、パリで一番の病院、と言うのは、パリ在住のママ友からも教えてもらい、どうやら第三者格付け機関によって決まっているらしく、本当に一番だということはわかった。(別に疑ってた訳じゃないけれども(^^))

医療レベルも、自分が受けた手術は、ネットで調べると、少なくとも日本では失敗例も多く、本当に困難な手術だったことがわかり、改めて先生方への感謝の気持ちが湧いてくる。

が、そんな一流な医療レベルとは裏腹に、夫とともに「!?」と驚くことが多かったのが、病室の患者に対するサービス。日本と違って、早く病院から患者を追い出すのが病院の役目なので、そんなこととも関係しているのかも知れない。とにかく違いが面白かったので、忘れないうちに書いておこうと。

・見た目、自由
人種が多様なので、そもそも見た目は誰もが違っていて個性的なのだが、それに輪をかけて、看護婦さんたちは個性的だった。

鼻ピアスの人、香水プンプンの人、派手なネールの人、髪型がパンクな人、ガムを噛みながら対応する人。

日本の看護婦さんたちがいかに画一化された"清潔な"スタイルなのかを実感した。患者さんに求められているからそうなんだと思うけど、一体この違いは何だ・・・!?

ちなみに私が一番好きだったのは、パンク風の人。もみあげ部分が黒髪で、残りが真っ赤に染められていて、はっきりいって一番白衣が似合わない人だったが、部屋のテレビのリモコンが無いと訴えたら、「ああ、あれ有料になっちゃうんだけど、有料ってやな感じだよね。いいよ、探し出して持って来てあげる。」と言って、小一時間ほどしたら、本当に持ってきてくれた。もちろん、無料扱い。リモコン、パクっちゃったよ~!パンクなのは、見た目だけじゃなかった・・・!

・患者に逆ギレ事件
ある朝、アフリカ系の掃除婦さんが部屋に来てお掃除してくれた。シャワールームのゴミ袋だけ回収し忘れて去ってしまったのだが、ま、後で頼めばいいや、と思っていた。

ところが、暫くして、彼女をスーパーバイズする立場らしき別のアフリカ系の女性が、大声で彼女を罵っている声が聴こえて来た。何だろう、と思う間もなく、私の部屋がガーッと開いて、スーパーバイザーが、「さっきの人は、きちんとシャワールームを掃除したのかしら?」と、強い口調で聞いて来たので、一緒に居た夫が、「あ、しましたよ。ゴミ袋だけまだ回収してないですが。」と答えると、さーっと部屋に入って来て、ゴミ袋を取り替えてくれた。

それからまた暫くして、先ほどの掃除婦さんがひどい剣幕で部屋にやって来た。曰く、「何で私が掃除してないって彼女に言うの!?」

よくわからないが、怒りに震えて居る。

夫と私は顔を見合せて目をパチクリ。

「私は何もそんなこと言ってないですよ。ただ、ゴミ袋を替えてくださいと頼んだだけです。」と夫が優しく丁寧な口調で答えた。

思うに、スーパーバイザーとウマが合わないか、あるいは本当に患者さんから苦情があったか何かで揉めていたのだろう。ただ、その揉め事を患者にぶつけられても・・・。

これも日本ではちょっと見られない光景かもしれない。

・職務と人種
掃除や配膳の仕事は、アフリカ系の女性しか居なかった。看護婦さんは、大半がコケージャンで、たまにちらりとアフリカ系。医師はコケージャンのみで、一人だけインド系っぽい人がいた。

パリの街で見かける清掃員も、皆アフリカ系。

確実に職務と人種に関連性があるように見える。

フランス人にはお馴染みなのかもしれないが、日本人から見ると物凄い違和感がある。

上海だと、地方出身出稼ぎ者の労働賃金が安く、戸籍法でも冷遇されていたりして、ほぼ同じ見た目の人種なのに、都市部の中国人との社会的地位の格差が激しい。清掃員とか日雇いは地方出身者。

フランスはアフリカ系移民、中国は地方からの出稼ぎ者が、社会の低賃金職務を支えている。

社会格差って何だろう?解消する手立てって何だろう?

上海で、阿姨という有難い働き手を雇いながら、日々感じていた自己矛盾な違和感を、奇しくもパリでも感じてしまった。

先述の掃除婦さんの怒りの本当の原因も、突き詰めたらそんなところにあるのかも知れない。

読みかけていた、社会格差を扱う社会学の本を早く読もう・・・

・インターン
昨日のエントリで、インターンの先生が多いと書いた。そう、日本だと、インターンの先生は若くて初々しい感じなのだが、こちらのインターンはベテランの雰囲気をまとっていて、実際、年齢も30前後に見える。

私の初診もインターンの先生だったが、普通にドクターと呼んでも遜色無い感じだった。

病室にも、何人ものインターンの先生が来たが、皆、初々しさとは程遠置く、自信と威厳があった。

10年かけて医者になる、その途中に居る人たち。・・・10年も!

助けてもらって改めて思う。医者って素晴らしい使命を持った職業だと。人を救う技を持った、崇高な職業の一つ。

息子も義父のような立派なお医者さんになって、人助けをしたらいいな~、と言うと、いつも義母が、「医者は本当に大変よ~」と、何やら実感を込めて言う。

10年かかって医者になるとしたら、息子が仮に医者になったら、その頃私は・・・ウン十歳!(皮算用が過ぎる想像!(^^))

う~ん。道のりは長い。

・夫、いじられる
アフリカ系の配膳のおばさまたちは、明るくて笑い上戸な人が多かった。井戸端会議が各所で繰り広げられて居た。

そんな中、夫が自分の食料の買い出しに行き、ピザの箱を抱えて私の病室に入ろうとした時のこと。

「ちょっと~、持ち込みダメよぉ~」

と、おばさまのひとりにからまれる夫。

「私たちにくれなきゃダメじゃない!わはは」

数人のおばさまにピザをねだられる夫。

「一切れあげましょうか?」

と、夫がコミカルに応酬すると、

「全部よ、全部!がはははは!」

などと言って、何やら長いこといじられていた。

こういうのは愉しくていいな、と思う。夫もいじられて楽しそうだった。人生、笑いが無いとね~(^^)

・看護婦の数
絶対的に少ない。日本に比べて。

経営の観点からすると、非常に効率がいいんだと思うが、日本のサービスに慣れていると、ナースコールで呼んでもいつまで経っても来ない看護婦さんに、驚く。

担当する患者の割り当てが多いのだろうか。薬とか、持って来てくれると言った切り忘れてしまった看護婦さんも居た。

患者の方もきっと日本人ほど厳しくないからだろう、「あ、忘れちゃった~」と普通にあっけらかんとしている。

洗面所の紙タオルが無くなった時は、看護婦さんではなく配膳のおばさまが来てくれたのだが、夫が呼ばれて、「あ、自分で取りに来て替えて」と指示され、備品のある部屋に連れて行かれていた。タオルを取りに行って替える夫。さすがに笑っていた。「患者の家族も要員か~(^^)」

・食事が不味い
フランスはグルメたちの国だからと言って、病院の食事が美味しいかと思いきや、大間違いだった。

不味い!

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写真だと、一見良さげに見えるかも知れないが、おかずはどう見ても冷凍食品だし、クスクスはどこかのお惣菜屋さんで買ったんじゃないかという感じ。でもクスクスが一番ましだった。

夫に、「不味いね~!これ、冷凍食品じゃない?」と言うと、「うん、明らかにそうだね」と同意。

「病人にこんな食事でいいの!?」と言うと、夫は笑いながら、「なになに、病院でビストロの味でも期待してたワケ?入院費の一部は国民の税金で賄われているんだから、病院は入院患者を早く追い出したいんだよ。去りがたいほど美味しい食事を出すはずが無いでしょう?」と指摘された。ぐぐぐ、確かに。しかも、私はフランスに税金納めてないし・・・

食事のことを言えた身分じゃないことはよくわかった。

ただ、少しでも早く出て行ってもらおうというフランスの病院と、完治するまで居させようという日本の病院とでは、入院の目的から付随するサービスまで、全然違うことが、よ~くわかった。

長い目で見てどちらが良いのか、見当もつかないが、少なくとも、私は「早くお義母さんの美味しい料理を食べた~い!!!」と言う、欲深い執念のお蔭で、早く退院したいと言う気持ちに加速がかかったのは事実。日本で三か月入院した時は、快適で、ご飯も美味しくて、三か月イケるわ~、なんて思ったものである。


・・・と、とりあえず、こんなところが印象に残った違い。日本でも入院経験があったお蔭で、何がどう違うのか、存分に楽しめた気がする。

すごくミクロな視点だけれども、それぞれの国の医療の問題とか、社会の問題の特徴の一端がわかったような。

期せずして、得難い経験が出来たのでした。

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mercredi, juillet 13, 2011

『 150日が経ち、今、3・11が私たちに語りかけてくること 』  〜 現場、自治体、政府のそれぞれの立場から見えてくるもの 〜

8/6に標題のイベントが東京で開催されるというお知らせをいただきました。

実際に現場で支援をして来られている方たちの生の声を聞ける機会だと思います。

私はパリに居続けることになり、このような形での告知のお手伝いしか出来ないのですが、イベントのご成功(目的の達成)を心よりお祈り申し上げます。

ご関心のある方はぜひお運びください!

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『 150日が経ち、今、3・11が私たちに語りかけてくること 』
 〜 現場、自治体、政府のそれぞれの立場から見えてくるもの 〜

  www.geocities.jp/carewavejapan/index2.html


 3・11の東日本大震災から約5カ月をむかえます。被災地も広範囲に渡り、様々な事情や現状を抱えています。私たちは、演劇・舞台を通じて社会に貢献するNPO法人ですが、十数年来ご縁がある宮城県気仙沼で、3月24日から毎月1回のペースで現地に入り支援活動をして参りました。

 実際に足を運んで初めて知ることも多く、『メディアを通じては気付くことのできなかった生の空気、現地の方々の想い、そして私たち自身が感じたことを、少しでも多くの方々にお伝えすること』が、被災地でお手伝いをさせていただいた者として「首都圏でもできる復興支援のひとつ」ではないかと考えました。

 そこで私たちは「NPO」、「政府」、「自治体」の三つの観点から、実際に各々の現場で活躍されている方々を会場にお迎えし、フィルターのかからない『生の声』をお届けすることで、150日経った現状を知っていただく機会になればと考えました。そして、会場に足を運んで下さった皆さま方にとって、『一人の市民として、これからどうすべきなのか?何をすべきなのか?』ということを考える契機となりましたら有り難く思います。


<概 要>

○日時:2011年8月6日(土) 開場 13:40  14:00-16:00

○場所:財団法人雲柱社 賀川豊彦記念館
     住所:〒156-0057 東京都世田谷区上北沢3-8-19
     電話:03-3302-2855
     URL:http://zaidan.unchusha.com/information.html

○参加費:無 料 (定員:50名 受付は早いもの順とし、定員になり次第、締め切らせて頂きます。)
    ※ 活動への賛同・支援をしてくださる方のために、募金箱を設置させていただきます。

○申込方法: WEBからお願いします。
      → www.geocities.jp/carewavejapan/index2.html

○主催:特定非営利法人 CARE-WAVE

○協力:世界連邦21世紀フォーラム 財団法人雲柱社 賀川豊彦記念館


<プログラム内容>

13:30 開場

14:00 開会の挨拶 (CARE-WAVE 理事 山田純)

14:10 「ボランティア活動を通じた被災地・気仙沼の現状」
     (NPO法人CARE-WAVE 気仙沼救援隊長 淺沼 勤氏)
     -ふとしたきっかけで参加した一会社員がみた被災地の在り様とともに、
     ボランティアとは何か、なぜ続けるのか、続けたいのか-そんな想いを”熱い”隊長がお伝えします。

14:40 「政府の中から見えてくる被災地の現状」
    (RCF災害支援チーム 代表 藤沢 烈氏)
     -広範囲かつ甚大な被害をもたらしたあの震災から、150日を向える今、政府に設置された「ボ
     ランティア連携室」に集約される情報と分析そして問題点を”クール”にお伝えします。

15:15 休憩

15:30 「自治体としての立場から見えてくる被災地・気仙沼」
    (宮城県気仙沼市教育委員会 学校教育課 課長補佐 伊東毅浩氏)
     -気仙沼の子供ミュージカル劇団『うを座』の事務局長を勤める伊東氏をお迎えし、
     行政、家族、生活者等の視点から、気仙沼の”今”をお伝えします。

16:10 「NPO法人 CARE-WAVEの活動」
    (代表 鎌田 眞由美、スタッフ 松岡 美桔) 
     -『うを座』の子供たちに十数年指導をしてきた元劇団四季の代表と現役の俳優が被災地での
     レッスンと子供たちの様子、そして演劇の素晴らしさと、CARE-WAVEの活動および今後についてご紹介します。

16:50 閉会の挨拶 

17:00 閉場


【司会】 木戸 寛孝(NPO法人CARE-WAVE副理事長)

<問合せ先>

特定非営利法人 CARE-WAVE
HP:www.geocities.jp/carewavejapan/index2.html
eMail: carewave_aid@yahoo.co.jp

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パリ: 緊急入院、手術、そして退院

わけあって、まだパリ滞在中。

実は、2週間ほど前に、義父の紹介で行った、最新の超音波設備を持ったクリニックで、再度検診と性別確認をしたところ、問題が発覚し、即行大病院へ搬送。(あ、性別は女の子で確定note)

パリで一番と言われる病院で、義父とクリニックの先生の紹介状のお蔭か、直ぐに診察を受け、病室の余りが無いのに、臨時の部屋をあてがってもらった。

診察は夕方遅くで、事態は母子ともに関わる大ごとになって居たので、直ぐに血液検査を受けた。「医師たちで話し合って、血液検査の結果も踏まえて、手術に踏み切るかどうか結論を出します。」と言われる。

不安の中、夫もそばで寝てくれて、義父は心配そうに息子を連れて帰宅。

翌朝早くに医師(インターン。フランスは医師免許を取るまでに最低10年かかる為、病院にはベテランの雰囲気を漂わせた30歳前後のインターンが多かった)が2人で病室に訪れ、「本日の午前中に手術に踏み切ることが決定しました。執刀医が後でここに来て詳細を説明しますね。」と告げる。

数日後まで不安な日を過ごさずに済んで良かった。

執刀医は、180センチほどの長身の女医さんで、長いブルネットの髪をたなびかせ、女優さんかと見まごうような美しく、迫力のある、ハンサムウーマンだった。大きなグリーンの瞳でじっと優しくほほえみながら、ゆっくりと丁寧に、この手術には高いリスクがある事を詳しく説明してくれた。「でも私たちは最善を尽くします。手術をしてもいいですね?」

ああそうか、これがインフォームド・コンセントと言う瞬間か、と思った。選択の余地は無いので、高い医療技術を誇ると言うフランスを信じる以外に無い。「はい、承諾します」

その後、事はトントン拍子に進んだ。印象的だったのは、医療チームのチームスピリット。執刀医と看護師と麻酔医の絶妙なやり取りと和気あいあいとした雰囲気。ムードメーカーは看護師さん。大切な情報は患者に効率よく与えつつ、患者をリラックスさせ、現場全体を把握している安心感。手術中は、催眠術かと思うような癒しの囁きで、患者を安心させる。やはりリスクの高い手術という事で、途中で外科のトップの先生が現れたのを中継。「これはこの病院で最高の先生方のチームだね。手術は大変困難だけど、この先生方なら安心だ。信じてくれるね?」

手術は一時間近くかかり、無事終わった。超音波で子供も元気に暴れている姿を見て、安堵で涙がこぼれた。何度も優しく涙を拭き取ってくれる看護師さん。「良かったね!疲れてない?手術は成功だよ!」

その後、術後の患者を一時的に監視下に置く部屋に運ばれた。急患がヘリでも運ばれて来る病院と言うだけあって、手術を受けた患者がずらり。しくしくと泣いている人や、疲れ切ってぐったりしている人、色んな人がいた。一時間半ほどすると、皆、病室に移されるのだが、私の行く部屋はまだ準備できていなかったらしく、更に一時間ほど待機。

やっと部屋が準備出来て移動、と言う事になり、ベッド移動係のお兄ちゃんが登場。二枚目だが、ちょっとスレた感じのお兄ちゃんで、病院のお姉さんやおばちゃんたちに可愛がられている風だった。ベッドの移動中、色んな人に話しかけられて、いじられていた。

病室に着くと、ちょうど夫が来てくれた。いつも余裕綽々と構えている夫。多分すごい心配なんだけど、術後の妻を、色んなジョークや他愛無い話で笑わせようとする。「昨日、ここの病院はフランス一だって言っちゃったけど、間違いだった。正しくは、パリで一番ね」「パリで一番なら充分でしょw」

病室は新しく、小ざっぱりしていた。結局、退院のOKが出るまで、一週間弱入院していたのだが、毎晩夫も簡易ベッドで付き添って寝てくれて、何くれと無く世話を焼いてくれた。義理の両親や義兄夫婦も雑誌の差し入れを持って来てくれたりして、本当に嬉しく、心がほっこりした。パリで一番心にしみているのは、フランス人は個人主義と言いながらも、家族の絆の強さかも知れない。義兄が息子をずっとあやしてくれたり、義理の姉が、病室でずっと私の手を握ったり、額を撫でてくれるその姿には、家族の愛ってこういうことか、と深く感動した。

退院は出来たが、ドクターストップにより、上海に戻ることは罷りならなくなった。二番目のべべは、この同じ病院で産むことに。幸い実家から近いのと、まあ、私のように高リスクな出産経験の持ち主には、ベテラン医師の揃った病院で産むのは寧ろ安心なので、怪我の功名だったかも知れない。上海のママ友たちからは、「暫く会えなくて寂しいけど、パリで産む方が良いじゃなーい」と皆口を揃えて言うのが可笑しい。パリ出産=ゴクミとか中村江里子さんみたいなセレブ出産、というイメージがあるらしいけど、そんないいモンじゃありませんから~coldsweats01

今回、夫とその家族、フランスの高い医療レベルと素晴らしい医師の先生方に心から感謝している。日本の家族も、息子を引き取って世話してくれると言ってくれたり、阿姨も、フランスに赴いて息子の面倒を見てくれると申し出てくれたり・・・どれほど感謝してもし足りない。辛い出産経験のある上海のママ友や、パリ在住のママ友は、親身になって色んな相談に乗ってくれた。

自分は一人では何も出来ない。多くの人に助けられ、教えられ、やっと生きている。その事を強く実感した出来事だった。

私は必ずこの御恩を社会に還さなければ。子供たちにも、彼らが生あることは、多くの人々の愛のお蔭だと、必ず教えたい。


こうして、私たち母子のパリ滞在が続くのだった。

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