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août 2011 posts

mercredi, août 31, 2011

パリで"龍馬伝"

最近、夫が買って来てくれた去年のNHK大河ドラマ龍馬伝のDVDを就寝前に一緒に観るのが日課になっている。ふたりして、幕末にハマっている。

龍馬伝DVD

今更ではあるが、しかし毎週ドラマを観ると言うのが出来ない気質なので、いっぺんに観られるのは良かった。

夫はもともと幕末には興味があったのと、ドラマ"JIN"を上海で独りで全部観たので、坂本龍馬の時代はだいぶ詳しくなっていて、"尊王攘夷"とか"参勤交代"とか、江戸時代の独特の用語にも相当明るくなっていたし、何より歴史上の人物名に精通してきたのが良かった。今は龍馬伝のお蔭で、"ご公儀"とか"蟄居"とか、"鯨海酔候"とかw、果ては土佐弁・長州弁にも通じるようになってきた(^^) 薩摩弁と江戸弁は、いま少し。

また、龍馬に限らず、幕末の大きな歴史的事件があった場所には色々訪れてきた。

2009年の10月には、ふたりで長崎を旅したのだが、旅先で初めて翌年の大河ドラマは龍馬伝が放映されると知って、驚いた。龍馬の足跡を辿り、亀山社中や風頭公園、若宮稲荷神社、グラバー邸、と、まわった。出島の博物館も、じっくりと見て回り、鎖国の日本にあって、この地だけは、ヨーロッパや清の文化が実に豊富に流入していたことを共に肌で感じてきた。

京都も何度も足を運んでいる。京都自体が常に歴史の中心なので、何処に行っても歴史の名所に当たるが、木屋町通のお気に入りの料亭があって、ブログでも何度かエントリを立ててきたが、其処はまさに諸藩の藩屋敷が並んでいた場所だったと後で知り、物凄く興奮してしまった。

函館も会津も夫とともに行った。
実は私、元々が日本史オタクで(歴女とまではいかないと思うが、日本史に夢中になり過ぎて、世界史には全く興味が無かったくらい)、箱館戦争とか白虎隊とか、小さい頃から調べまくっていた。函館と会津は、家族旅行で毎年のように訪れていたので、夫を案内する時も、ちょっとしたツアーガイド気取りw

しかし、本人は嬉しくてあれやこれや話すのだが、話すのがヘタな上、自分の趣向に釣られて話すので、夫には非常にわかりづらかったようだ・・・orz

龍馬伝を観るにあたり、夫がポツリと言った。「ふたりで結構幕末に関わる場所に行って来たと思うんだけど、その場、その場で言われても、全体の流れと繋がりがわからないから、大枠を説明してもらえるかな?」

確かに、歴史は色んなことが絡み合っているので、点とも行かず、線とも行かず、面で考えた方が結局わかり易い。一箇所ずつ深掘りするのは興味深いが、他との因果関係がわかっていないとより深い理解は出来ない。

そこで、私は日本地図を描き、自分たちが行った場所を示し、プラスして、長州・土佐・薩摩の場所を示し、幕末の流れを超簡潔に説明した。

これを前座に、ふたりで観始めた。

結果、元々日本史好きな私は勿論、夫もかなりハマり、日本の幕末には随分凄い英雄たちが居たものだと感嘆していた。まだ25話までで、半分観終わったばかりなのだが、龍馬をはじめ、勝海舟、桂小五郎、岩崎弥太郎、山内容堂、新撰組、等々、幕末の名立たる人びとに魅せられ、観終えた後も、何でこの人はこういう行動をしたんだろうか、何でこういう凄い人材が現れたんだろうか、などと就寝前に毎日議論したりするのがまた愉しい。

夫が言ってて面白かったのが、「武市半平太とか龍馬とか、幕末活躍した人たちが幼馴染みだの、本当にこんなに最初から固まっていたの?」と訊かれたので、確かにそう思っても不思議はないと思いつつ、「だって、幕末から日本を動かした長州藩の有名な英雄たちは、吉田松陰の松下村塾で学んだ20名だよ。固まっていても、何の不思議もない。」と返答。そう、幕末の逸材は、藩校だったり私塾だったり、名立たる師のもとで各々切磋琢磨して育った人びとだった。そこがまた、幕末史の大きな魅力だと思う。

ひとつ、予め言い忘れて失敗したのは、なぜ土佐藩は上士と下士の身分の別が厳しかったのかということ。下士が元・長曾我部氏に仕えて居た幕府の仇敵であったと言うことが分からないと、他の藩では下級武士でも才覚があれば引き立てられて居ても、土佐藩だけは断固として容堂公が許容しないと言う現象の理解が難しい。

日系企業にも勤めて居たし、数多、日本人の習俗やメンタリティに関する本を読んで理解を深めてきた夫には、幕末、尊王攘夷に走る武士たちの気持ちもだいぶ理解出来ていて(共感はせずとも)、我が夫ながら、そこは凄いな、と思った。ここは個人的には、外国人が理解するには一番難しい概念なのではないかと思っていた。神国日本と言う概念、幕府と朝廷の"権力"と"権威"という関係、幕府と諸藩との関係。
※正しいかはわからないが、義理の両親に権威と権力の説明をする時には、ローマ教皇とフランス国王の関係に似ている、と喩えたら、ああ、なるほど、と納得してもらえたようだった。中国の皇帝はまた違う概念だし、相対物を探して説明するのは意外と難しい。

夫が疑問に思うと訊いてきてくれるので、私は説明をすることで、頭の中で自分も整理できるし、面白いことに、夫は夫で、興味津々の両親に毎晩ディナーでわかり易く説明をしているので、本当に理解しているのだと言うことが、よくわかった。つまり、ドラマを観ては、議論し、おさらいし、付随する情報をサイトで調べて得ればシェアをし・・・と言う、ハマりっぷり。

義母は元々、秀吉の時代の歴史や文化が好きなのだが、「幕末の話の方がずっと面白いですよ」と宣伝までする私。義母は主演の福山雅治がイケメンだと大騒ぎしていたので、龍馬伝フランス語版があったら、韓流ブームならぬ、ジャポ流ブームをフランスで巻き起こせるかも・・・!?なんて想像してしまった。

福山サマ(サマ付けw)は素敵で、マイルドで洗練された龍馬な感じなので、本音を言うと、自分が思い描いていた龍馬とは違うのだが、何やってもカッコ良いので、これはこれでヨシ(^ ^)

周りのキャストがまた濃くて上手くて、夫とともに感嘆しきりだった。

岩崎弥太郎にはいつも笑わされ、武市半平太の生真面目過ぎるところと繊細な心の襞には唸らされ、吉田東洋の怪演ぶりにはハラハラし、山内容堂の眼光に底知れぬ恐ろしさを覚え、岡田以蔵のナイーヴな純粋さに涙した。

お笑い芸人さんの演技の秀逸さにも驚いた。宮迫博之さん演じる田中収二郎の凄みは、土佐勤皇党の志士たちの殺伐とした思いを忠実に描いていたと思えるし、原田泰造さん演じる新撰組の近藤勇もイメージにピッタリだった。夫とともに、何でこんな名優なんだ、とひたすら驚く。

勝海舟は物凄くモダンな風貌のイケメンだと思っていたので、武田鉄矢さんが演じているのは一瞬ミスキャスト・・・と失礼ながら思ってしまったのだが、べらんめえ口調と熱いハートがハマっていて、やはり名演だと思った。

・・・と、ツラツラ、ツラツラ、書いてしまったが、幕末の話は、観ても聴いても、胸が熱くなる。

ドラマを観ながら、「京都にまた行こうね」と言う夫。これだけ知った上で観に行ったら、さぞかし心踊るだろう。

京都の幕末ゆかりの地を巡るがじゃ!


追記1:
だいぶミーハーなエントリになってしまったが・・・
ドラマを観ていてつくづく思うのは、人の世は綺麗事では片付けられないなぁ、ということ。
幕末の英雄たちの活躍を見ると、確かに胸躍るが、頭角を表せば表すほど、他者に影響を及ぼす人になればなるほど、利害の対立する勢力に生命を狙われ、酷い場合には、武市半平太や岡田以蔵のように、自分の藩に捕えられて拷問されたり打ち首になったり・・・
新撰組だって、何だかカッコいいイメージがあるが、池田屋事件のような血なまぐさい虐殺を考えると、時代が大きく揺れ動く時に起きる多大な犠牲には胸が痛む。

武市半平太の、「わしが正しい」と、悩みつつも、常に自分の思想を正当化しようとしていた姿に共感出来なかったのは、自分の正当化の行き着くところが、相手を滅ぼすことを厭わないという考えに通ずるから。

先の見えない時代には、自分が言うことだけが正しいと言う信念を持った人が、とても輝かしく見えてしまうが、それはとても危険だということと、かと言って世の中は、後世の人たちが「あの時こうすれば良かったのに」と思う方には得てして進まない、ということ。

幕末、そして明治維新が、多くの犠牲の上に成り立っていた時代なのだ、と言うことは、常に念頭に置いておきたいと思う。

追記2:
幕末&龍馬関連過去エントリ

鹿児島紀行 ~ 天孫降臨の峰 登山開始
鹿児島紀行 ~ 高千穂峰 天之逆鉾到達 
鹿児島紀行 ~ 西郷隆盛と南洲神社
上海歴史探訪: 外灘(The Bund)を歩く その1
ラスト・サムライのモデルはフランス人

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mardi, août 30, 2011

パリ: 週末のつれづれ

週末は毎週恒例の家族大集合。

一番上の姪っ子は、イギリスに短期語学研修に行っていて居ないのと、ノルマンディの義兄は飼っている猫たちを預ける予定だった友だちが交通事故に遭ってしまい、それどころではなくなってしまった。(でも軽傷で済んだらしく良かった・・・)

アペリティフと簡単なおつまみを食べた後、義母のご馳走へ。

まずはお魚のテリーヌ。

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義母のご馳走の中でも、お友だちや家族に特に評判の良いお料理のひとつ。

レモンを絞って、マヨネーズやヴィネグレを付けて食べる。あっさりとしていながら香ばしいこのお料理は、夏の季節にぴったりの一品。

続いてはメインで、兎のソテー。

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7年前とかその位に夫の実家でそれと知らずに食べて以来、兎肉はとてつもなく美味しいと言うことを知り、大好物になった。

付け合わせは、にんにくベースで香り豊かな茸とトマトのソテー。

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各々お皿に取り分けて食べる。

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う~ん、美味!

先日のエントリでオススメしたありえないほど美味しい胡椒を軽く振って、マイルドなソテーに、ちょっとしたアクセントを付ける。香ばしさが重なり合って、何とも言えない深みのある味と香りに・・・!

デザートはフルーツサラダ。

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涼しげなガラスの器に盛って食べる。

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御馳走に、私もお腹の子も大満足だった(^ ^)

昼食を終えた頃にお昼寝から目覚めた息子は、義兄の家族が大好きなので、彼らを見た途端に満面の笑みを浮かべ、彼らも彼らで大喜びして大興奮。

息子がむずがる声が聴こえると、義兄は、「ああ、あの子は僕が居ないとハッピーじゃないんだ」と言うほどの伯父バカぶりで、いつも息子を抱き上げて楽しそうにあやしたり遊んでくれるのが微笑ましい。義姉は義姉で、息子を背中に乗せて、姪っ子たちに息子が落ちないようにしっかり支えさせてお馬さんごっこをしたり、普段のクールさからはあり得ないようなファンキーな犬の真似をして息子を喜ばせる。いや、本当に子育てのプロたちだと感心する。手際がいいと言うか、全く危なげなく、安心して見ていられる。

しかし、何と言っても、姪っ子たちの息子の溺愛ぶりが微笑ましい。週末は、息子はMMR(新三種混合ワクチン)接種後のためか、気分がすぐれなかったようで、珍しく機嫌が悪かった。夫が一生懸命あやしながら離乳食を食べさせてくれていたが、むずがる。そこに、姪っ子たちが息子を囲んで、歌を歌ってあげたり、振り付きで子供の歌を教えてあげたりしていて、息子の機嫌がすっかり直っていた。両手で振りをしながら、ニコニコ姪っ子たちを見ながら、しっかりと食べる息子。姪っ子たちの献身ぶりには、いつも頭が下がる思いだ。この可愛い娘たちには、クリスマスプレゼントに、とびきり良いものをあげよう(o^^o) ←叔母バカw

出張で来ていて、ちょうど予算決めの繁忙期で仕事が山積している夫は、疲れが出たのか、食後はソファでグッタリして寝ていた。私もつい、うとうと。

そこで、義理の両親と義兄の家族が、私たち夫婦を残して息子の午後のお散歩に連れて行ってくれた。途中、雨にも降られてしまい、息子の大のお気に入りの砂場や滑り台が泥だらけで滑りやすくなって、遊べなくなってしまったので、それを悲しんで息子はずっと泣いていたらしい。ただ、家に帰って来た後も泣き叫び方が激しく、普通では無かったので、今思えば、これもやはりワクチンで具合悪かったんだな、と思っている。

結局、夜まで機嫌が悪かった息子。寝かしつけたら、直ぐに寝たので、一件落着、と思いきや、夜中近くに泣き叫び出した。義父が見に行ったら、ベッド中にもどしてしまって居たので、「これはワクチンの影響だね~」と、ひとりオロオロする私を尻目に、実に手際良く息子をあやし、ベッドを綺麗にして、ミルクを用意して・・・と分担している義理の両親と夫。BCGで熱が出たくらいで、ワクチンで変調が出るのはこれでまだ2度目なので、私はどうしても慣れない。

その点、子供も孫も育てて来たベテランの義理の両親は、実に落ち着いていて、義父は息子に与える薬も用意してくれていて、冷静そのものだった。義父が優しく、「私の大切な坊や、もう大丈夫だよ」と話しかけながらキスをすると、息子も段々落ち着き、夫がそっとベッドに息子を戻した。夫も随分肝が据わっていて、慣れた感じだ。医者の子は、病人を見ても焦らず合理的判断をしようと務めるように、知らず知らずのうちに教育でもされているんだろうか・・・

毎週末、こうして家族で集まり、美味しい御馳走と団欒で楽しいひとときを過ごす。

子どもは、こうして、出会う全ての人に育てられていくんだな、と思う。より多くの愛情を注いで、心豊かな人に育ってほしいと思う。

それで、ふと思い出したことが。

以前、ある人からこんな相談を受けた。

「私は本当に恵まれていて、家族皆仲が良く、両親にも愛されて、何ひとつ悩みなく育って来ました。ところが、自分の友だちには、親とうまくいってなかったり、両親の仲が悪かったり、と、悩みを抱えている人が多い。自分みたいに恵まれ過ぎた人は、そういう人の痛みを分かってあげられないし、恵まれて育った意義は何なんだろうって思うんです」

と言って、自分の幸福を嘆いていた。多分、こんな稀な相談は、後にも先にも無いと思うのだけれど、この人は本当に人間が出来た人と言うか、周囲の誰もが認める人徳のある人だったので、こういう事を真剣に悩んでいる事自体が何だかその誠実な人柄を表しているようだった。

これに対して、自分の口をついて出た言葉が、我ながら珍しく的を射ていたように思えたので、今もよく覚えている。

「私は貴女ほど愛情深く、慎み深い人を見たことがなかったけれど、そういうご家庭に育ったからなのね。だからこそ、思うんだけど、愛情を受けて育った人だからこそ、人にも愛情を与えられるんじゃないかな。恵まれた環境に育った事に感謝している人は、その価値が分かるからこそ、人に分け与えたり、癒したりする心の余裕があるのでは?恵まれて育った意義は、人に分け与える使命があるってことだと思う。」

その人は私よりもずっと年若い人だけれど、私よりずっと優秀で、成熟した考えを持っていて、心の豊かな人で、そんな人に自分はえらっそうによく言うわ~、と思ったものだが、まあ、お互い人は自分のことは見えないものだったりするので、由としようかと。

そのようなわけで、子どもたちには、この彼女のような真っ直ぐで立派な心持ちの人になってくれて、社会の役に立つひとかどの人物になって欲しいと願うので、やはり家族で愛情を注ぎ続けるのは重要なことだな、うんうん、と思うのであった。

ありふれた毎日の積み重ねを、大切にしていきたい。

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"文明国のすることとは思えない"

ドイツのテレビ局が福島を取材「これはもはや食べ物ではなく放射性廃棄物です」

http://www.youtube.com/watch?v=5n_3NK-tsOU&feature=youtube_gdata_player

なぜ日本国内の殆どのメディアがこういう報道を出来ないのか、非常に疑問。

"文明国のすることとは思えない"と言うコメントがあまりに正しすぎて悲しい。

隣国の鉄道事故を嘲笑する暇があったら、大勢の市民の人命に関わるこういう報道を優先するべき。

政府と東電のこの行為は、人権蹂躙にならないのだろうか・・・?

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dimanche, août 28, 2011

【告知 11/13(日)】第30回世界連邦日本大会 in 東京2011 「ポスト3・11時代に求められる人類の地球的課題」

定員数が決まっているので、少し先ではあるが、ご案内を転載します。

3.11以降、人類に求められることは何か、と言う大局的な議論。

内容を拝見しただけで、とても意義深い内容なので、ご興味のある方は早めのお申し込みをお勧めします。

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第30回世界連邦日本大会 in 東京2011
「ポスト3・11時代に求められる人類の地球的課題」

http://www.wfmjapan.com/action/2011/11/13100000.php


日時:2011年11月13日(日)

時間:10:00〜17:00(受付開始 9:20〜/ 開場 9:40〜)

会場:政策研究大学院大学 想海樓ホール 
   〒106-8677 東京都港区六本木7-22-1
   六本木駅(東京メトロ日比谷線・都営大江戸線)4A出口から徒歩10分、
   乃木坂駅(東京メトロ千代田線)5出口から徒歩6分
   地図:(政策研究大学院大学アクセスページへ)

定員:200名

申込:事前予約制 下記にて

参加費:一般:3,000円 / 学生:2,000円(当日受付にて)

後援:外務省 / 文部科学省 / JICA/ 国連UN-OHRLLS支援事務所 / 国連の友Asia-Pacific


 世界連邦運動は、広島・長崎原爆投下という痛ましい惨禍を受け、アインシュタイン博士による「原子力の国際管理は不可欠であり、そのためには国連の機構および機能を改め、これによって原子力をコントロールする以外にない。」という国連に対する呼びかけを契機に始まり、今年で65年になります。21世紀となり情報革命も進み世界はますます多極化し、テロ、自然環境問題、人口増大と経済発展に伴う資源問題など、運動当初には見られなかった課題も抱えながら、世界はかつてない程に不確実性にさらされています。

 こうした状況の中で、今年の3月11日、東日本大震災が起こり、その影響で福島第一原子力発電所が破壊され、我が国は広島・長崎に続き第二の被曝という深刻な現実に直面しています。この出来事は、日本のローカルな問題ではなくグローバルな問題であり、「核」と人類との関係についてあらためて再考すべきであることを、時代的要請として突きつけていると考えられます。そこで私たちは運動の原点に立ち帰ると同時に、過去の文脈のままでは立ち行かないことも事実ですので、21世紀という時代性をふまえて、世界連邦の実現を見据えた「ポスト3・11時代の人類に課せられた地球的課題」について、皆さんと一緒に考えてみたいと思います。

 人類が持続可能なかたちで生きていくためには、世界各国の人びとが世界共同体の一員として一致協力していくことが必要です。正義と博愛の精神にもとづく世界法治共同体の樹立は、人類史上、最大の知的、道義的、政治的挑戦であるとともに、21世紀における人類共通の悲願であり使命でもあります。その挑戦に応えるためには、私たちの考え方を、利己的で国家中心のものから博愛的で地球サイズ大のものへと進化していかなければならず、それはまた平和憲法をもつ日本こそが世界に先駆けて実践していかなければならない使命でもあると確信します。


<プログラム概要>

大会長挨拶:海部俊樹(世界連邦推進日本協議会会長)
平和祈念黙祷
来賓紹介

『第1部:歴史・理念』
「世界連邦運動の歴史と展開」城 忠彰(広島修道大学教授 / 世界連邦運動協会副会長)
「9.11と3.11以降のグローカル政治哲学の課題」山脇 直司(東京大学大学院教授)
「持続可能な平和と保護する責任」ベセリン・ポポフスキー(国際連合大学ISP学術審議官)
 ペイス氏からのコメント

『第2部:基調講演』
「世界連邦運動の21世紀におけるビジョンと課題〜3・11を踏まえて(仮)」
 ウィリアム・ペイス(世界連邦運動IGP専務理事) 
 質疑応答

『第3部:シビル・パワーが世界を変える』
「核の惨害を繰り返さないために」川崎哲(ピースボート共同代表)
「僕は13歳 職業、兵士。〜子ども兵と武器問題について〜」鬼丸昌也(NPO法人テラ・ルネッサンス創設者・理事)
「人間の安全保障とUNEPS国連緊急平和サービス」犬塚直史(元参議院議員)
 ペイス氏からのコメント

大会宣言採択
閉会の挨拶:中野寛成(衆議院議員 / 世界連邦日本国会委員会会長)

司会:木戸寛孝(NPO法人世界連邦21世紀フォーラム代表)

※上記プログラムは変更となる能性がございます。

申込みフォーム記入方法:
(必須項目記入 →「確認画面へ」をクリック →「送信する」をクリック → 申込完了)

主催:世界連邦推進日本協議会
   構成団体:世界連邦運動協会 / 世界連邦日本国会委員会 / 世界連邦宣言自治体全国協議会 / 世界連邦日本宗教委員会

実行委員会:NPO法人世界連邦21世紀フォーラム / 世界連邦ユースフォーラム / 世界連邦東京都連合会

お問合せ先:

<一般の方はこちら>
担当:成田・中森・中村
Email:info-30th@wfmjapan.com
TEL:03-5774-0847 / FAX:03-5774-0849

<世界連邦支部会員の方はこちら>
担当:阿久根
E-mail : info@wfmjapan.org
TEL:03-6803-2114 / FAX:03-6803-2117

<第30回世界連邦日本大会in東京2011実行委員会事務局>
〒110-0015 東京都台東区東上野1-20-6 丸幸ビル3F(世界連邦推進日本協議会内)
TEL:03-6803-2114 / FAX:03-6803-2117
E-mail : info@wfmjapan.org URL:http://www.wfmjapan.org/


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vendredi, août 26, 2011

東海地震の前兆か: 磁気異常の記事

Twitterでも話題になっていたこちらの記事↓

富士山、駿河湾周辺で“磁気異常”が発生。東海地震の前兆か?
http://news.livedoor.com/article/detail/5810561/

房総半島で方位磁石の南北が逆転する怪奇現象“磁気異常”が多発!
http://wpb.shueisha.co.jp/2011/05/26/4835/


不必要に焦ったり不安になることは無いが、地下で何か動きが起こっていると言うことで、近い未来の災害に冷静に備えておくのは良い事だと思う。

災害が起こらないに越したことは無いが、それを言うとまた、原発の爆発と同じで、希望的観測が現実と異なっていたのを後で知っても遅すぎる。"リスクを想定"しておけるかどうかで、その後得られる結果が違ってくると思う・・・

自分も上海に戻ってからきちんと確認しようと、項目をメモってみる:

・避難場所&経路の確認
・防災関連用品の確認(懐中電灯や最低限の食糧、トイレットペーパ等)
・水・食糧の備蓄(家で待機になる場合)
・家族の安否確認方法の共有化
・日本/フランス大使館の連絡先&場所

・・・こんな感じだろうか。

「防災 準備」とかで検索すれば、防災用の情報が載っているサイトは数多あるので、備えておいて損はないだろう・・・

とりあえず、実家に連絡しておこう・・・

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パリ: ティータイムの来客

昨日はティータイムに、パリに旅行で来ている古い友人が会いに来てくれた。

フランス人の夫同士が仲が良く、それぞれの親同士も仲が良い上、東京に住んでいる(私たちは"住んでいた")と言う諸々のご縁もあって、家族ぐるみで懇意にしている。

タイ人の奥さんがちょうど妊娠中なのだが、身重にも関わらず会いに来たいと言ってくれたので、ぜひと言うことに。

思えば、私が東京で入院していた時も、彼女は会いに来てくれた。心穏やかで優しい彼女のことを、お母さんみたいだと形容したことを思い出した。差し入れてくれた美味しいタイの生春巻きを病院に内緒でこっそり平らげてたことも(^ ^)

大切なお客なので、義母はとても綺麗におめかししていて、服と同じフューシャ色のアイシャドウをさりげなく目元に塗っていて、素敵だった。

フルーツケーキも作ってくれていて、しっかりとおもてなし♪

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こう言うところは、上海帰ったら見習ってきちんと友人たちをもてなしたいものだ。

上海に発つ直前に一緒にディナーに行って以来だったので、ちょうど1年振りくらいだろうか。ハグをして、キス。久しぶりに会う彼女は、相変わらず優しく、慈愛に満ちた眼差しの人で、息子もそういうのがやはりわかるのか、彼女を見るなり、これまで見たこともないほど嬉しそうにクネクネとして、はにかんだ笑顔を浮かべていた。子どもって本当に本能的に分かるものなんだなぁ。

義理の両親たちも交えて、愉しく歓談した後、息子は小児科のクリニックに行くため、義理の両親とともに途中で外出。上海の主治医の先生からカルテを取り寄せ、更に現段階で必要な予防接種のスケジュールを細かく教えて貰ったため、それに沿って注射を打つためだった。

息子をちょうど1年振りに見られて、前会った時と全然違う~、と嬉しそうに微笑む彼女。

来年明けにはシンガポールに移住する彼女たち。シンガポールから上海に移って来たママ友が居るので、聞いた情報をシェアしたり、互いの妊婦生活について語ったり。

今、東京で通っている病院が広尾にある某病院だそうで、知ってるかと訊かれたので、奇遇にも、自分と姉弟が産まれた病院だからもちろん知ってるよ、と大笑い。外国人のお友だちが最近そこで産んだし、何人か仲の良い友人たちが産んで、とても良かったと言っていた、と色々知っている範囲で話した。

ただ、日本では、全般的に、どの病院でも後々揉めるリスクを回避するために、必要以上に免責的なコミュニケーションをする傾向があるので、何か気に病むようなことを言われたら、セカンドオピニオンに確認するのが手だと個人的見解を述べておいた。

彼女もフランス人の義理のお兄さんが産科医なので、こまめに相談しているらしい。すると、やはり言うことが180度違っていたりするので、あれこれ言われても心配し過ぎないようにして居る、との事だった。

話は無痛分娩に及び、どうだったかとしきりに訊かれたので、いや、愉しくて仕方がなかったよ、と、当時の状況を詳しく説明。(過去エントリ: 楽しいお産) どうやら、周りに居る日本人の友だちで、無痛分娩をしてもいないのに、ネガティブなことを彼女に吹き込んでいる人たちが居るらしい。彼女の疑問に一点、一点、答えたら、「な~んだ、やっぱり無痛の方が良いね」と安心していた。最終的にはシンガポールで産むらしいので、恐らくあちらでも無痛が主流ではないかと。(ちなみにフランスは97%が無痛分娩)

ミルクは何がいいとか、紙おむつはどのメーカーがかぶれないのでおすすめ、とか、細かい情報をシェア。何しろ、ひとり目を去年産んだばかりなもので、記憶がやたらとフレッシュな自分。しかも彼女は外国人なので、何かと事情が分からず不便・不安も多いだろう。

シンガポールも上海と同じく、住み込みのメイドさんを雇えるので、産んだ後はかなり精神的には楽になると思うけれど、上海に移る前の自分の姿とダブって、他人事とは思えなかった。とは言え、彼女が良きママになるのは間違いないので、幸せな家族の姿が目に浮かぶようだ。

最近、日本人・日本人以外問わず、上海・シンガポールに赴任になる友人・知人が周りに多くて驚く。昨日は、クアラルンプールの転勤が決まったと教えてくれたママ友も居て、文字通り、世界各地に人が移り住み、どの地でもネットワーキングして、変化に富んだ人生を愉しむ人々。

来年は、子どもたちを引き連れて、シンガポールとクアラルンプールに会いに行きたいな~、などと夢想に耽った昼下がりなのだった。

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jeudi, août 25, 2011

パリ: 子どもの名前 その2

先日のエントリに続き、名前ネタ。

もう一つ項目を・・・と言っていたのは、なんてことはない、本を読んであれこれベンチマークしようと思っていた。

義父が持っている、どういう名前の子どもがその後どういう性格の傾向を持つようになったか、と言うアンケートに基づいた面白い本を読んでいたのだが、家族や友人の名前で見ても、結構当たっていて、一応名前の候補が絞れてきたらまた見よう、と。しかし、義父に、でもこれはもう古いから、もっと新しい本を買ってあげるよ、と言われ、こちらをくれた:

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ひとつは元々持っていた本のようだが、聖書に出てくる名前とその意味が書かれた本で、もうひとつが世界の名前30,000個とその由来、もうひとつが、稀少で綺麗な名前4000、と言う切り口の本。

う~ん、もの凄い量に圧倒される。男女の名前が半々だとしても、単純に最低17,000種類の名前を見るということに。

日々読んでいるのだが、名前の綴りが頭の中をぐるぐる回ってしまう。名前って本当に沢山あるのね・・・!

世界には、当然これどころではない、無数の名前が存在しているわけで、不思議なことに、ひとりひとりが自分の名前を持っている。

ゴダイゴじゃないけど、Every child has a beautiful name♪ だ。

心地良い風に吹かれながら、今日も名前を眺めることにしよう。

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mercredi, août 24, 2011

パリ: ありえないほど美味しい胡椒

過去エントリで紹介したグルメなフランス人女史が勧めてくれた、美味しい胡椒のひとつを、義母がさっそく買って来てくれたので、日々使っているのだが・・・これが、

涙が出そうなほど美味しい(^ ^)

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マダガスカル産の胡椒で、Le Comptoir Colonial と言う、スパイスの専門店で手に入れたものらしい。

夫が上海用に4本買って帰ってくれると言っていたが、上海の太太たちのお土産はこれにしようと思うほど、間違いなく美味しい。太太たちはグルメ&料理が上手な人たちばかりなので、喜ばれること請け合い。

先述のグルメ女史は、この香り高き胡椒をメロンにかけて食べたりしていた。私も試してみたら、メロンの甘くて強い香りと味を、品よく引き締めて、しかし更に香ばしく仕上げていて、味わったことのない美味になった。

もちろん、先日のエントリの通り、胡椒を使うすべての料理にこれは使える。

胡椒ひとつで料理の味の一切が変わると言うことを体感出来るので、本当にオススメ。

出産後は、他のスパイスも買いだめしに行こう~♪と今からとても楽しみにしている。

Le Comptoir Colonial:
http://www.lecomptoircolonial.com/accueil.htm

日本語記事も発見:
http://www.hayakoo.com/le-comptoir-colonial/

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mardi, août 23, 2011

パリ: 結婚しないフランス人

"恋愛大国フランスは、なぜ結婚に人気がないのか?"と言う、西郷理恵子さんの記事を木戸さんTwitter(@HirotakaKido)経由で知り、これは大変興味深い、と思ったので書き留め。

インタビュイーのドラ・トーザンさんの本「ママより女」もぜひ読んでみたいところ。原語版では出てるのかな??後で調べてみよう。

このインタビュー記事だけで、かなり分かりやすくフランス人の恋愛・結婚・子どもに対する価値観が説明されている。

女性の多様な生き方を選択させてくれる、成熟した社会。夫に話したら、「別に女性だけじゃなくて、男性も選択肢いっぱいあるよ」と言われ、それもまた重要なポイント、と思った。当たり前だけれども、男性と女性が平等と言うのは、共存共栄が根本的な目的なので、男女ともに幸せな社会でなければ意味がない。もちろん、男女の選択肢には、同性愛と言う生き方も含まれる。

自分が女性と言うことと、日本に比べて明らかに女性の社会進出とその体制が先んじているフランスに居るので、どうしても視線の先は女性にいく。活躍目覚ましい女性たちの眩しいこと。

自立する女性を受け入れ、サポートするフランスの男性たち。愛情の結果として産まれる自分の子どもを大切に育てる男性たち。カップルの間に愛情が存在することが大前提なので、結婚はもはや目的でも手段でもなく、形骸化した古い通過儀礼と言うことなのだろう。

思えば、10年以上も前に居た職場でも、本社のフランス人の同僚たちは、結婚せずに同棲している人たちが普通にいてビックリした。子どもが2人も居ても結婚しない、と言う同僚男性に、お前、それは無責任だろう、と意見する日本人男性も居た。そう、女性は家を守るもの、と言う固定観念に基づいて判断したら、当然経済的に自立していないだろうし、別れた後に女性が路頭に迷うだろう、と言う理由だった。ところが、女性は子どもが2人居ても働いてる人は多いし、"家を守るもの"と言う固定的な前提自体がそもそも違っているので、何となく話が噛み合っていなかったのを思い出す。

今なら理解できるが、要はそのくらい、フランスでは、個々の生き方の選択肢の多様化に対して寛容な社会制度があって、日本とは社会の成熟度に開きがあると言うこと。

夫と私は結婚する、と言う伝統的な方法に則しているが、諸々の理由でこれを"選択"した。友人たちの中には、同性愛・異性愛問わず、現代風にパクスの人たちも居て、子どもが産まれても別にそのまま、と言う感じで、それぞれが好きな形の繋がり方を選んでいる。

多様性の受容とは、個々人が各々の幸せの形を追求することが是となっているところに起因しているんだな。

今回の記事は後編も出てくるそうなので、今からとても楽しみにしている。

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lundi, août 22, 2011

子どもたちの健康の異変: アルジャジーラ記事

先日のNew York Timesの記事に続き、アルジャジーラのこちらの記事は必読。

日本の市民の健康危機について、綿密な取材に基づいて詳しく言及されている。特に子供の健康被害についての深刻な懸念。

政府発表が信用できない市民が放射性物質を自主的に計測しているのが現状だが、8月に福島原発で計測された放射性物質は3月の250倍。東大の児玉教授の予想より汚染が深刻と言及されていて、原発から200キロ離れた地域で、子どもたちの身体に異変が起きていると言う医師たちの言葉が取り上げられている。

この内容は、日本国内でもきちんとカバーされているのだろうか・・・
(今日付でLivedoor Newsでは簡単に紹介されていた:
http://news.livedoor.com/lite/article_detail/5801102/)

既に海外では、チェルノブイリの事故時の対応の方がずっとマシだったとまで思われている。

被曝している国民を放置する、旧ソ連より恐ろしい政府、と言う悪評は、政府が市民の生命より大切にしている経済活動の方にもに影響を与えないんだろうか・・・

Twitter上では、情報に敏感な識者や子どもの被曝を心配する母親たちが、安全な食品はどうやって手に入れたらいいのか、等、必死に情報交換しあっている。「何で自分たちでここまで調べないといけないのか」と、不安で苛立ちながらも、子どもたちのために右往左往している。

受け身では正しい情報が得られないことが明確に分かっている今の日本では、彼女たちのような危機意識の高い人たちが居て、インターネットがあるのは、子どもたちにとっては、せめてもの救いだと思う・・・

自分も家族の身も、自分で守るしかない。それだけが確実。

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【告知】9/4(日) 第32回世界連邦21世紀フォーラム 「演劇と心のケア」

世界連邦21世紀フォーラムのご案内が届いたので、転載いたします。

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次回、9月4日(日)に開催致します
第32回 世界連邦21世紀フォーラムのご案内をさせて頂きます。

http://www.wfmjapan.com/

昨今、ソーシャルとアントレプレナーシップが結びつくことは珍しいことではなくなりましたが今回、お話しいただく鎌田さんはソーシャルと「エンターテイメント」とが結びつく可能性をミュージカルという舞台芸術を通じて追究していらっしゃいます。
これまで社会貢献の現場は滅私奉公的な雰囲気がありましたがやはり「感動」を通じて社会の発展を築いていくことはこれからの時代、とても重要な切り口ではないでしょうか。
また、鎌田さんが理事長を務めるNPO法人CARE-WAVEは本フォーラム代表の木戸も副理事長を務めています。

http://www.geocities.jp/carewavejapan/index2.html

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第32回 世界連邦21世紀フォーラム「演劇と心のケア」
2011年9月4日(日) 講師:鎌田眞由美

震災後、演劇に新たな時代が来た!
それは近年の「娯楽・エンターテイメント」としての演劇ではなく、
古来、観阿弥が目指した「大衆の心を癒す」存在としての演劇の実現です。
震災後、最も重要な問題である『心のケア』に対し、演劇が担うべき役割は何か!!

日 時:2011年9月4日(日)  開場9:40  講演時間10:00〜12:30

場 所:東京体育館 第二会議室

住 所:東京都渋谷区千駄ヶ谷1-17-1
地 図:http://www.tef.or.jp/tmg/access/access.html

講 師:鎌田眞由美

参加費:会員2,000円/非会員3,800円

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講師プロフィール
特別非営利活動法人CARE-WAVEの代表。1958年徳島県出身。
劇団四季にて13年間在籍後、振付家として幅広く活躍する。
2005年CARE-WAVE実行委員会を立ち上げ、2010年NPO法人CARE-WAVEの代表として演出・振り付けも手掛ける。
【主な出演作品】『CAT’S』ディミーター役(日本オリジナルCAST )『コーラスライン』キャシー・シーラ役『WEST SIDE STORY』アニタ役『エビ−タ』『オペラ座の怪人』『ハンスアンデルセン』『ドリーミング』ほか
【主な振り付け作品】
音楽座にて「リトル・プリンス」(平成五年度文化庁芸術祭賞)「星の王子さま」「泣かないで」(第二回読売演劇大賞優秀作品賞)「21Cマドモアゼル・モーツアルト」「アイ・ラブ坊ちゃん」があり、他にホリプロ「星の王子さまトリビュート」(市村正親主演)、わらび座「アテルイ」「銀河鉄道
の夜」「小野小町」「カンアミ伝」、劇団エコー「羽衣伝説2008」、「エンドレスドリーム」(五大路子主演)、新宿コマ「西遊記GOCOO」(コロッケ主演)「大月みやこリサイタル」、tpt「卒塔婆小町」(麻美れい主演)、日生子供ミュージカル「赤いろうそくと人魚」、「ブルーストッキングレイ
ディーズ」(藤田朋子・塩田美奈子他)、「紳士は金髪がお好き」(剣幸主演)、」「かるめん」(朝丘雪路主演) 他、 また文学座・ハウステンボス・志摩スペイン村・地方市民ミュージカルも数多く手掛ける。
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【参加申込みの予約方法】
フォーラム参加の申し込みにつきましては、以下のアドレスにアクセスして頂き、
本講座プログラムページの参加申込みフォームよりお申し込み下さい。

http://www.wfmjapan.com/program/2011/09/04135202.php

【参加費の振込について】
本フォーラムの参加費は“ 事前振り込み ” となっています。
お手数かけますが、下記の口座に指定の金額をお振り込み下さい。

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〈銀行からの振込〉
ゆうちょ銀行  (店番号) 008
(店名)00八 (店名の読み)ゼロゼロハチ
普通預金   (口座番号) 6213686
(口座名)セカイレンポウニジュウイッセイキフォーラム
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〈郵便局からの振込〉
ゆうちょ銀行
(記号)10090 (番号)62136861
(口座名)セカイレンポウニジュウイッセイキフォーラム
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※振込の際には、必ずご本人様のお名前を記入して下さい。
振込名が会社名だと分からない場合があります。

何かご不明な点などございましたら、お気軽にお問い合わせください。
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世界連邦21世紀フォーラム 事務局
Mail:info@wfmjapan.com
URL:http://www.wfmjapan.com/
Twitter:http://twitter.com/WFM21stForum
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"世界は三層構造でできている"

毎号、読むのを楽しみにしているのだが、山口揚平さんのこの記事は、現在、日本も含め、世界で起こっている人々の意識・在り方が、どう言う構造の変革に基づいているのか、を示していて、大変興味深かった。今起きている事象は、国家と言う枠組みだけでは理解しきれなかったので、この記事を読んで色んな事が腑に落ちるのではないだろうか:

世界は三層構造でできている
「国家」「企業」より重視したい所属先は?

http://diamond.jp/articles/-/13597

講演も幾度か拝聴したことがあるが、テーマが先駆的な発想とロジックなのに、分かり易く噛み砕かれていて、毎回色んな意味で感銘を受ける。

先回拝聴した講演では、世の中で起こる凡ゆる出来事を、根源的に突き詰めていくと、一見繋がりのない事件の本質は実は大きな根っこで有機的に繋がっている、と言うお話だった。今回の記事はまさにその具体例だったんだな、と納得。

明日はどこで何が起こるか分からない世の中だが、世界の構造の変化を理解した上でかどうかだけでも、随分と生き方が違ってくるだろう。自分自身だけではなく、これからの時代の主役である子どもたちを導くためにも、こういう貴重な考察には常に触れているように努めたい。

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dimanche, août 21, 2011

パリ: 家族の週末

週末。それは家族の団欒のとき。

イタリアのバカンスから義兄の家族が帰ってきた。

時を同じくして、上海から夫も戻ってきたので、家族が大集合。ノルマンディーに居る義兄は戻って来れなかったが、また次の機会に、と皆で電話で挨拶。

家族全員が見事にブロンズ肌!
姪っ子たちは白いノースリーブのワンピースを着ていたので、美しいブロンズ肌が際立つ。あまりに見事で、思わずすりすり触ってしまった。

一番上の姪っ子は、バカンスを終えて、またさらに大人っぽくなっていた。そうね、12歳を超えたら、あとは日々大人に向かっていく年頃よね、と思った。

先日遊びに来てくれたママ友と話していたときに、家族と過ごすバカンスの記憶って、実は小学生までが一番濃厚じゃないか?と言う話になった。そんなことないよ、と一瞬思ったが、確かに私が持っている、より強い記憶は、2-3歳の頃から毎夏家族で行っていた軽井沢の思い出。あるいは、毎冬行っていたスキーの思い出。・・・全部小学生までだった。中学生過ぎても、皆で海外に出かけもしたし、年末年始に家族全員で出かけた旅行も思い出深いが、親の庇護という傘のもとで目一杯遊び、無心に家族の輪の中でバカンスを堪能していたのは、実は小学生までだったかも・・・と思い至った。中学生を過ぎたら、自分の世界がより開けてきて、家族に対するマインドシェアが減るからかな。

そういう意味では、彼女たちの今のこのバカンスは、とても大きな記憶のはず。

家族の位置づけが一番大切なことは変わらない。形を変えながら、深化(進化)し、思いが繋がっていくだろう。


ランチは義母が素敵なテーブルセッティングshineshine

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一同、居間でオリーヴやレーズンをつまみ、アペリティフにシャンパンを飲みながら、暫し歓談。

義母が息子と過ごしたこの一ヶ月について、嬉しそうに語り、義姉が傾聴。

私は私で、イタリアでのバカンスに興味があったので、義姉にバカンスはどうだったか尋ね、話を聴きながら、青い空に白砂のビーチ、心地よい風が冴え渡る様子を頭に思い描く。

フランス人が憧れる、イタリア人の豊かな生活・・・!

義姉の両親が夢のように美味しいイタリア料理を毎日作ってくれて(実際に食べた義母談)、太陽があって、気候も良くて、海がそばにあって、山もあって、愛する家族と毎日楽しく過ごす。

しかし、目の前の現実も素晴らしいsun

まずは前菜のサラダ。エシャロットをすり潰した特製ソースに、マグレ・ド・カナール(フォアグラを取った後の鴨肉)のスライス乗せ。シンプルなのに美味しい、がフランス家庭料理。

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メインは鴨のコンフィ。

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インゲン豆を付け合わせて食べる。う~ん、美味note

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美味しいバゲットもたくさん食べ、あっという間に満腹に。

和気藹々と会話が途切れない食卓。

「日本人からみたら、フランス人の家族はわいわいうるさいでしょう?でも、イタリア人はもっと凄いわよ。全員がめいめいに喋り続けてるんだから(^ ^) ナポリ人は特に一番うるさいわね。」と義母が笑いながら言う。

義母は妹がイタリア人と結婚した上、息子の嫁がイタリア人なので、イタリア人の生活やメンタリティには人一倍愛着と関心があって、こうやってよく引き合いに出てくるのが面白い。

日常生活のことから、政治の話、とにかく何でも会話にのぼる。明日から一番上の姪っ子がイギリスに行くので、ロンドン暴動についての話も出た。行き先はイギリス南部の保守的な街で、ロンドンではないらしいので、何れにしても心配は要らないけれど。

一風変わった話としては、フランスの偉大な俳優、ジェラール・ドパルデューが飛行機内で放尿したと言うニュース。彼はアル中だし、健康上も色々問題を抱えているんだ、それに息子を亡くして失意なんだ、と庇う義母に、いやいや、彼は別に息子を亡くす前からおかしかったよ、と義父。義姉はあまりの事件に言葉を失って大笑い。彼みたいな暴れん坊が近くに居たら、相当迷惑だろうけど、私は俳優としては大ファンなので、まあ、事件があっても別に自分はファンのままですけどね、と答えた。イギリスの名俳優、ジョナサン・リース=マイヤーズもそうだけれど、鬼気迫るような、それでいて繊細な、天才的な演技をする俳優さんって、私生活が破綻していたりする。天才的な俳優は、気分屋で、芸術家肌だったりするよね、と言う話で落ち着いた。

食事の後は、デザートnote
ちょうど先週が義兄の誕生日だったので、義母が作った梨のタルトにロウソクを立ててお祝い。

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牛乳多めのカフェオレと一緒に。

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デザートを食べ終えた後、息子がお昼寝から起きたので、姪っ子たちが狂喜してキスとハグ。大勢に迎えられて、満面の笑みで返す息子。

夫と同じく、一ヶ月ぶりくらいなので、息子がスタスタと歩く姿を見て拍手喝采を浴びせる姪っ子たち。

ちょっと前までは、姪っ子たちもよちよち歩きだったのに、時が経つのは速いこと、速いこと。

来年の今頃には、娘も加わって、こうして家族で楽しく賑わうのだろう、と思いを馳せる。

このありふれたひとときこそが、まさに幸せの瞬間なんだよなぁ、と、家族に感謝。

今日はまた充実した一日だった・・・

心地よい疲れに、目が閉じそう・・・

おやすみなさいzzZ...

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samedi, août 20, 2011

夫"帰宅" in パリ

フランス時間の朝6:30に夫が帰宅。

上海から12時間のフライトを経てやってきた。

実に会うのは1ヶ月半ぶり!(厳密には1ヶ月と9日。Facebookに書いたら夫に直されたw)
夫は成長著しい息子にも長く会えていなかったので、可哀想だった。

4つのスーツケースと重い手提げを携えて玄関に現れた夫を迎える。長旅に疲れきっているが、優しい笑顔を湛える夫。久々の再会の喜びを分かち合う。

家族はまだ皆寝静まっている。

荷物を置くと、義母や私のリクエストに応えてクロワッサンを買い出しに出かけた夫。

そのうち、義父が起き、息子が起き、義母が起き、久しぶりに会う夫と喜びの対面。

夫と息子の対面はやはり感動的だった(^ ^) 息子が夫を見て明らかに大喜びしていて、夫もそれに輪をかけて大喜び。ふたりで向き合って笑顔を浮かべている様子は、本当に何とも言えない至福の雰囲気が漂っていた。ちょうど髪を短く切りそろえたふたりは、容貌だけでなく、髪型もソックリで、一卵性親子のようだった。

さらにそれを嬉しそうに満面の笑みで見守る義父母の姿を見て、家族の愛情って本当に良いものだなぁ、としみじみ。

夫が一番驚いていたのは、息子の歩きっぷり。息子はいつものように、当たり前のようにスタスタと廊下を歩き、義父の部屋の方へ吸い込まれるように進んで行く。夫がそれを見て大興奮して拍手喝采。"Bravo, 我が息子!"

1ヶ月以上も会っていなかったので、一足飛びに成長している自分の子を見て、感慨もひとしおだっただろう。

皆で朝食に美味しいクロワッサンを食べ、夫は息子に義母お手製の美味しい離乳食を与える。

食後暫くしてから、夫が息子にシャワーを浴びせる。これも久しぶりなので、夫がとても嬉しそうに浴びせているのが何とも微笑ましい。会えなかった分、一瞬、一瞬を大切に噛み締めている感じ。

スーツケースを荷解きすると、息子が大喜びで夫に絡む。スーツケースの中に入って、夫のマウスやカメラの蓋などを取り出して舐めたり。マウスを耳にあてて、ずっと"Allô"と言っていたり。

スーツケースの上に乗って遊んだりしていたが、座ってそのまま落ちそうになったので、私が思わず、「危ない」と言うと、夫は息子を手で支えながら、わざとひっくり返らせて息子を驚かせて落とすフリをした。「ね?ここに座ったら危ないってパパが教えたでしょう?」と諭している。最近はだいぶ言葉も通じるようになってきたのか、諭すように叱るとシュンとなったり、泣いたりするので、こういうのは効くようだ。

世のお父さんは、女性の観点から見ると、よくアクロバティックで危なっかしい教え方をしているように見えるが(^ ^)、それは父親流として、結構大事な教え方なんだな~と最近実感している。

以前Twitterかブログで、

"母親は子どもに横断歩道の正しい渡り方を教える。父親は、わざと子どもに信号無視をさせて危ない目に合わせ、運転手にも怒鳴りつけられてから子どもに言う。「わかっただろう。正しく渡らないとこうなるんだ」これが父親のやり方。"

と言うようなことを書いている人が居て、妙にしっくりきた。

エーリッヒ・フロム先生も、世の中の秩序を教えるのは父親の役目、と書いていた。体感させて秩序を学ばせる、と言うやり方に長けているのだろう。

夫の息子に対する態度を見ていると、それをとても実感する。夫に限らず、フランス人のパパたちはとても真面目で、子どもが産まれる前から父親としての役割を果たすべく、育児書をきちんと読んでいたりするので、もしかしたら敢えて意識して行動しているのかも知れないけれども。

暫く一緒に遊んだ後、夫は義父と息子と、"男3代"で連れ立って近所の公園に出かけた。

今日はイタリアでの1ヶ月のバカンスから戻ってきた義兄の家族が午後にやって来る。久しぶりに会う姪っ子たち。しっかりブロンズ肌になって来たかな(^ ^)

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パリ: 3人のファム(女性)

今朝は朝9時から夕方19時まで、3人のファム(女性)たちが家に来た。

パリでの生活において、とても特徴的なことだと思ったので、書き留めておこうかと。

・ファム・ド・メナージュ(femme de ménage)
お掃除をしてくれる女性。
床や棚の掃除、浴室やトイレの掃除の他、アイロンがけもしてくれる、とっても助かる存在。
義母自身がとてもお掃除上手だが、余暇を息子の世話やお料理、お花の世話や読書にあてられるので、週に2-3回頼んでいる。
ポルトガル系の移民の女性で、仕事はテキパキ、仕上がり完璧、と、申し分のないアウトプットで、家族の清潔な毎日を支えてもらっている。
自身が幼い2児の母と言うことで、息子のことも可愛がってくれて、目を離した隙に頭をぶつけていた息子の頭を冷やして介抱をしてくれたり、何くれと無く気のつく優しい人で、義母は自分はこんないいファム・ド・メナージュに会えて幸運だといつも言っている。

契約形態は幾つかあるらしく、義母は友達の紹介でエージェンシーを経由して、年単位で契約しているらしい。他には、友達のツテで個人的に頼むとか、掲示板などで頼むとか、もあるらしい。

・サージュ・ファム(sage-femme)
助産婦さん。
通っている病院から毎週一回、自宅に来訪してくれる。ドクターがフォローしきれない、妊婦の精神面をサポート。携帯電話の番号とメールアドレスもシェアされているので、不安があれば、いつでも連絡できる。病院に電話かけるよりも心理的ハードルは低いので、いいシステムだと思う。

・ヌヌ(nounou)
ベビーシッター。
今日も15時にヌヌ登場。19時まで面倒見てくれるので、とっても助かる。
ヴォージュ広場にお散歩に連れて行ってくれると言っていた。

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よくよく聞いたら、彼女は義理の両親のお友だちのお嬢さんと言うことで、身元もきちんとしているヌヌだった。
やはり信頼して預けるとなると、そう簡単なことでは無い、と義母。
彼女のお父様は人道家で、途上国に赴いて医療を施していた立派なお医者様らしい。そういう立派な父親を見て育ったので、彼女も自然に弁護士を志すようになったようだ。
たった1歳の息子には、ヌヌがそういう人だからといって、何も影響無いかもしれないが(^ ^)、そういう立派な志の人びとに出会い、刺激を受けていってほしいな、と願う親心なのだった。

ヌヌに関しては、ファム・ド・メナージュと同じく、雇用の仕方は様々。エージェンシーもあるし、掲示板もあるし、友達のツテで紹介、もある。日本人ママたちの間では、mixiのコミュニティが活用されている模様。

Just FYIで、パリ在住のママ友に教えてもらったヌヌ情報。パリでヌヌ探しにお困りの方がいたら、教えてあげてください。

・フランスコミュニティ!
http://mixi.jp/view_community.pl?id=5782

・フランスでママン!
http://mixi.jp/view_community.pl?id=485844

・働くママン@フランス
http://mixi.jp/view_community.pl?id=2120203

・パリ生活情報
http://paris-japan.com/
反応が良いらしい。

・Bebe-nounou.com
http://www.bebe-nounou.com/
こちらはフランス人向け。探している人(特にgarde partageeとか)も多くて情報交換などに良いとのこと。募集への反応もとても良い。



そんなこんなで、今日は3人のファムが自宅に来たわけだが、つくづく思ったことは、パリは、お金(仕事)があった上で暮らすには、子供のいる女性にとって本当に良い場所だということ。

可処分所得の多い人は、ファム・ド・メナージュやヌヌを雇い、自分の時間を有効に使って自分磨きを出来るし、それほど無くても、仕事にやり甲斐のある人は、仕事をしている間、ヌヌにお願いしたり、保育園に預けられる。経済的な理由で共働き、と言うママもザラに居るが、やっぱりヌヌに預けて働いている。

こういう環境の為か、パリでは女性が働くのは当たり前らしく、パリ在住の自分のママ友たちは悉く働いて居る。よくよく聞いたら、最初は働く気が全く無く、子育てに専念しようと思っていたらしいのだが、あまりにもまわりのママたちが当たり前に働いている上、初対面の人には挨拶がわりに「お仕事は何ですか?」と訊かれるらしく、言われ続けているうちに、すっかりマインドセットが変わったのだとか。

私自身、義母のお友だちに「何で仕事を辞めちゃったの?良い仕事だし、上海でもまた続けられたらいいわね」と言われて暫し考え込んでしまった。

それでいて、妊娠・出産に関しても、「日本で産んだ時よりもずっと満足して産めた」と言うママ友の話を聴くと、妊娠・出産・子育て(子育ては女性だけのものではないが)までをきちんと網羅した諸々のサポートが非常に充実していることがわかる。

家族との大切な時間を軸に、豊かな人生を送るための手段が揃っている。

それをどれだけ上手に活用していくか、で、また人生の充実度が異なってくるのだろう。

いずれ住むこともあるかも知れないし、住まないかも知れないパリ。

いずれにしても、女性たちが確実に日本よりは社会進出して活躍し続けているこの社会をしっかり体感しておくことは、自分にとって後々とても重要になってくるような気がしている。

3人のファム。短い間ですが、これからも宜しくお願いします(^ ^)


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vendredi, août 19, 2011

パリ: サージュ・ファム(助産婦)登場

今日から出産まで、毎週サージュ・ファム(sage-femme)と呼ばれる助産婦さんが自宅に来てくれることになった。

今朝はまず一回目。朝10時に大きな荷物を持って来訪してくれた。

ブロンズに焼けた綺麗な肌に、穏やかな眼差しをした優しい風貌のサージュ・ファム。落ち着いた雰囲気だけれど、きっとすごく若いんだろうな、と思ったら、私の生年月日を見て同い年だと言っていて驚いた。

まずは色んな問診を受けて、彼女自身が私の状況を詳しく把握。前回の出産から、現時点まで、どんな問題があったのか、術後、今は体調はどうか、お腹が張る感じは理解出来ていますよね、とか、とても細かく親身になって訊かれる。妊娠週数のカウントはやはり妊娠したタイミングが起点だった。子宮頚管と子宮口の話をした時には、さすがに詳しく、表情も真剣そのものだった。

東京で入院していた時は、看護婦さんたちに毎日色々尋ねられたし、ドクターにも最低週一度は会って充分話せていたので、助産婦さんとじっくり話したのは、夫と受けた出産前の準備クラスと出産当日くらいで、あとは殆ど関わりが無かった。日本だと一般的には助産婦さんはどのくらい個別に妊婦と関わり、コミュニケーションをとっていくのだろうか。

パリでこれまで見ている限りでは、ドクターもサージュ・ファムも、一人ひとりの患者(妊婦)と深く関わっていこうという体制が整っていて、その強い意思も感じる。予めもらっていたサージュ・ファムの名刺には、彼女の携帯電話の番号とメールアドレスも書かれていた。これは上海に居たフランス人のサージュ・ファム同様、「何か不安があれば、いつでも連絡ください」と言う体制なのだ。妊婦にとって、これほど心強いことは無い。

話を戻すと、その後、彼女が持って来ていた機械で私の心拍数を測り、べべの心拍数を測る。彼女が持っていた荷物の殆どはこの胎児の心拍を測る機械で、本当に大きくて重そうだったので、「これを運ぶのは相当難儀ですね~」と言ったら、「そう、無駄にデカいんです(^_^;)」と、不満げだった。

大きくなったお腹を触診してくれて、サイズも測る。

「心拍数もサイズも問題無いですし、べべはよく動いているし、良い経過ですね~」

ドクターと効率的に連携するために、その場で彼女がレポートを書き、次回の検診時にドクターに持って行ってください、と言われる。

来週もまた同じ時間に来てくれるらしい。

重い荷物が大変な中、本当にありがたい。

楽しみがまた一つ増えた(^ ^)

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jeudi, août 18, 2011

パリ: ヌヌ(ベビーシッター)登場

息子とともに、パリの義理の両親宅で居候になると決まってすぐに、義母がヌヌ(ベビーシッター)の手配をしてくれていた。

今は学生で、もうすぐ弁護士さんとして働く女性ということで、それまでの間、短期でヌヌをしてくれるということだった。

ところが、やはりここはフランス。バカンスがとっても大事。一ヶ月ほどイスラエルにバカンスに行くことになり、では戻って来たら、と言う話になった。

8月は丸々、家族でバカンスを楽しむ人が多いので、この時期新たに探すのも・・・というわけで、彼女の帰りを待っていたのだった。

義父母は毎日笑顔で楽しそうに息子を世話したり遊んでくれているが、実の親でさえ、子育ては体力がいるし、やりたいことが出来なくなると分かっているので、ましてや、この夏、私たち母子のために、楽しみにしていた旅行を3つもキャンセルした義理の両親には、本当に申し訳なく、せめて自分の時間を持てるように、早くヌヌが来れます様に、と願っていたのだった。

最初、上海の阿姨は、私の状況を聞いて、夫に、フランスに面倒見に行くと言ってくれていたらしいのだが、さすがにVISAの取得など、長期的で煩雑な作業になってしまうので、現実的ではなく、気持ちがとても有難かったが、上海に居てもらう事にした。

その代わり、ちょうど上海赴任になって、しかも同じ土地に越して来た日本人家族の方に、テンポラリーで雇ってもらえることになり、家族も大変満足しているようだし、彼女自身も遣り甲斐を持って楽しく仕事しているそうで、本当に良かった。

さて、今日の午後、息子がお昼寝から目覚めたちょうどその後くらいに、ヌヌが登場。

長~い睫毛に大きな優しい瞳をした、とても聡明そうな美人さんだった。息子は人懐こいので、すぐに打ち解け、笑顔で応酬していた。「にこやかなべべですね~」と言う彼女に、「そう、いつも笑顔だし、遊ぶ時も自分で何でもやるし、手がかからない子です。滑り台も自分で昇って滑ります」と嬉しそうに説明する義父。

指揮系統がはっきりしないと分かりづらいと思ったので、私は実母ではあるが、ごちゃごちゃ横から言わないことにした。義父の説明の方が、私が言うより100倍順序だっていて分かり易いというのもあるけれど・・・(^_^;) 気付いたことがあったら、義理の両親経由で言うことにした。

色々簡単に説明を受けて、息子を連れて近所の公園にお散歩に出かけたヌヌ。

息子と相性バッチリで、ベビーシッターに慣れた、よく気のつくヌヌでありますように!

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パリ: 子どもの名前

パリとはあんまり関係ないけれど・・・

妊娠・出産にあたって、物理的・精神的に必要な準備は多々あるが、これから親になる人びとにとって、ひとつの大きな仕事は"名付け"かと。

息子の名付けの時は、夫と何ヶ月も話し合って、色んな候補を出し合い、色んな角度から考察した。

インスピレーションですんなり決まるご家庭もあると思うし、代々付ける漢字が決まっている、とか、音で決めている、とか、誰も思いつかないようなオリジナルな名前にしよう、とか、色んな経緯で決まっていくのだろう。

どんな決め方であれ、どの親御さんも、子どもの幸せや健康、色んな思いを込めて命名しているに違いない。

我が家は、私がインスピレーション派なので、そういう簡単なノリで決まるのかな~と思っていたが、やっぱり子どもの一生がかかる、と思う責任感か、今思えば、実は意外と論理的な理由付けを決めていった。

それはこのような感じ。

・言いやすくて、素敵な名前(当たり前かw)
・聖人や皇帝など、歴史的人物の名前(フランス)
・名前ネタで馬鹿にされないようにする(フランス)
・"Freakonomics"による名前と社会的成功の関係を表した統計の話を参考に、奇抜な名前を避け、社会的成功を収めている人物の名前に注意を払う(フランス)
・中国にも所縁のある漢字を使う(上海に行くことがわかっていたので)
・中国人にも発音しやすく、中国語・日本語ともに良い意味があり、なるべく原音に忠実な漢字
・良い画数(日本)
・良いコトタマ(日本)

・・・って、今更ながら、色んな項目に照らし合わせて考えたなぁ・・・

何ヶ月も話し合って、何度も色んな名前を出し合い、お互い、う~ん・・・と唸ったりしていた。

フランス人の名前は難しくて、素敵な名前だと思っていたものが、実は幼少期には意外と名前をネタに茶化される、なんてことも多いらしく、なかなかシビアだったりする。あとは、響きが古臭い、とか、気取りすぎ、とか。(漢字がヘン、とかなら分かるけど・・・)

そういう感覚は残念ながら私には分からないので、フランス人の名前を付ける、となった時は、当然ながら、私が候補に出した名前はかなり却下された。「その名前はお祖父ちゃんの代に人気があった名前だよ~!」とか(^ ^)

そんなこんなもあったが、最終的には無事3つくらいに絞り、最後はお互い"本命"で満足して決めることが出来た。上述のいずれの項目も満たすことが出来て、一大仕事をやり遂げた感があった。夫が中国&日本の項目にも深く理解して賛同してくれたのは大きい。(ちなみに息子の漢字名は、世界史に出て来るのだが、これまで、世界史に詳しい人が2名ほど気付いて突っ込んできてくれたのが嬉しかったw)

で、そんな達成感も束の間。今度はふたり目である。

今回は、フランス人の名前か、日本人の名前か、はたまたどちらともつかない、インターナショナルな名前にするのか、まだ決まっていない。

今回は、上述の項目に加えて、もう一つ項目を加えようかな~と思っている。

・・・と、こんな感じに決めていくのだが、さて、今回はどんな名前になるのだろうか?

意外とあっさりインスピレーションで決めちゃったりして(o^^o)

週末、夫が来るので、また一緒に考えよう。

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mercredi, août 17, 2011

"「大本営発表」を続けるマスメディアの大罪"

震災発生後の(厳密にはそのずっと前からだったが・・・)日本国内の報道と海外メディアの報道の温度差と、情報を受容する側の市民の反応の違いに疑問を抱いていた。

諸々の理由から、政府や東電が情報を全部開示する筈がなく、重要な情報を隠蔽しているとか、意図的に開示を遅らせている可能性の方が高いことは容易に想像がつくのに、「安全だ」と言う発表を信じて思考停止してしまった家族や友人も居た。そういう人々に"大本営発表を信じるべきではない"と、より客観的で正確な指摘をする海外メディアの記事を送ると、むしろ安全なのに煽るとはけしからんと激怒されたりした。せめて子供は逃げた方がと言えば、専門家の某著名教授曰く、子供は外で放射線を浴びる方が健康にいいと言っているくらいだから、変に煽るなと諌められたり・・・

情報の隠蔽、疑念、錯綜、そして恐れていた被曝(外部・内部)。

震災以来、市民は正しい情報を得るべきだと言う思いと、やはり原爆で被爆して、後々無残にも幼くして亡くなっていった親戚たちの話を幼少期から聞いていたこともあって、無辜の市民が徒らに放射線の被害を蒙るようなことはあってはならないと、自分を駆り立てる思いがあって、知らなくては&知らせなくては、と焦っていた。日本の外に居た為に、状況がわからず、より一層不安を持っていたのもあるかもしれない。

しかし、ネットで得られる情報とは全く異なって、淡々と出遅れ情報や安全だと言う詐欺まがいの情報を流しつづけているマスメディアと、何となくそれを許容しているのか、今更と諦めているのか、いまいち反応の鈍い家族や友人たち。生活の基盤があるのだから仕方が無いけれど、怒りの感情すら削がれてしまっているようで、市民が騙されて酷い目に・・・と嘆き怒ってきた自分自身に消化不良を起こしていた。

現状マスメディアがどういう状態にあって、それを市民がどのように受け止めているのか、何となくは分かっても、全体的に把握出来ていなかったのもモヤモヤしていた。

そんな中、こちらの記事は、震災発生直後からの日本のマスメディアの報道の問題点を、実例を挙げて指摘していて、実に興味深く、的を射た議論だと思った。

「大本営発表」を続けるマスメディアの大罪

3.11に限らず、実は70年前の大本営発表と変わっていない体質、と言う本質的な議論。

市民が正しい情報を得て、本当の「安全」を得るために、私たちはこういう議論をもっと広く知って、行っていくべきだと思う。

記事中にもあるように、日本のメディアは政府を監視するが、メディアは監視されていない。市民のリテラシーも、海外のように教育されていないから、メディアを疑うことを知らないし、裏にどんなスポンサーが居て、利権が絡んだ上での報道か、なんて穿った見方はなかなか自発的には出来ない。メディアにも問題はあるが、市民ももっと本当の意味で"知る"権利、情報へのリテラシーを高めていかなければならないんだと思う。(勿論、自分も含めて)

少しでも多くの方が、正しい情報によって、無為な被害を避けられますように・・・
そして、少しでも多くの子供たちが、大人の正しい判断により難を逃れられますように・・・

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パリ: アーティチョーク三昧

三昧、まで言うと大袈裟だが、日本や上海ではちょっと普通に手に入れられない美味しい野菜の一つがアーティチョーク。

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見た目は一体どこを食べるんだ?と言う風貌のアーティチョークだが、一度食べたら、病み付きになってしまい、ひとりでペロリと大きなアーティチョークを平らげてしまうようになった。

地中海原産のためか、アジアの気候には合わないのか、日本ではご縁がなかった。

加工されたものや、イタリア産の小さめのアーティチョークは食べていたが、大きい版(直径15cmくらい)をそのまま食べるようになったのは、今回の長期滞在が初めて。

食べ方が面白くて、まずは葉っぱ(?)を一枚ずつむしり取る。根元の方にある柔らかいお芋のような食感の部分を歯で掻き取るような感じで食べる。

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一枚ずつむしって食べて行くと、このような中身が出てくる。

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ので、上の帽子みたいな部分を取ると、スポッと抜けて、こんな風に分解できる。

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分解した台座の方に生えている毛束みたいなのをむしり取ると、先ほどの芋のような食感部分の塊が残るので、これに好きなソースをかけて、切り分けて食べる。

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個人的には、義母がいつも作ってくれる、マスタードで有名なMailleで売られているフィグのヴィネグレ(酢)とオリーヴオイル、マダガスカル産の香ばしい胡椒を混ぜたソースが最高に合っていて美味しい。

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アーティチョークの味自体が、お芋と言うか、アヴォカドをもう少ししっかりした食感にしたような感じで、うっすらと甘みもあるマイルドな味なので、お酢のちょっとした酸っぱさが合うのだと思う。

これで、ここに来て食べたのが何度目だろう・・・? 毎回私がすごい勢いで美味しそうに食べるので、義母が喜んで、マルシェで美味しそうなアーティチョークを見かけると、時々買って来てくれる。

Wikiで見る限り、食物繊維やカルシウムも豊富に含まれてるし、妊婦に必須の葉酸もあったりで、健康に良いのではないかと。

ボリュームがあって、かなり満腹感があるので、これの後にラタトゥイユを食べて、デザートに林檎を食べて、お終い。夜は母子ともども、なるべく肉を摂らず、お野菜中心にしてもらっている。

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あ~美味しかった!

アーティチョーク、調理も簡単だし、美味しいし、本当にオススメです♪ アジアでももっと栽培広がらないかなぁ・・・

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mardi, août 16, 2011

パリ: 妊娠27週・・・くらい

先日のべべの成長促進の注射のせいか、あるいは単に妊娠週数によるものか、一昨日あたりから、お腹がぐぐっと胃のあたりからせり出して大きくなってきた。

重いし、息をするのも苦しいくらい(^。^)

胎動も、かなり力強くなってきて、お腹を押し上げてくる強さが頼もしい。女の子は胎動が大人しいと言っていたママ友も居たけれど、息子の時とあまり変わらない印象。私自身が母のお腹で相当蹴りが激しかったらしいので、似たもの親子と言うことで・・・(^。^)

タイトル、微妙に自信なさげなのは、実は、週数の数え方が日本(アメリカも?)とフランスでは異なっていることがわかったため。日本は、WHOの基準(妊娠期間280±)に準じて、最終月経日を妊娠0週でカウントするのが普通で、フランスはどうやら排卵日を0週設定するようだ。このため、同じ"妊娠週数"の話をしても、1~2週のずれ(フランスの方が遅くなる)が生じる。

上海では、アメリカ人の先生だったので、アメリカ式だったが、最終月経日・排卵日・妊娠10~12週の胎児のサイズを見て、最終判断をしていた。ので、これもかなり正確だとは思うが、結果的にフランスで1週分後ろ倒しに修正。予定日も後ろにずれた。

つまり、今現在、日本式だと私は妊娠28週ちょっとだが、フランス式だと27週ちょっと。そんな訳で、ここでは27週くらい、と言うことにする。

フランス式のカウントの方が厳密には正確、と言われているのは、"妊娠したその日"で起算するためだと分かり、諸々納得。

こんな風に、国によってやり方が違うので、疑問が出来たら、ひとつひとつ調べてみるのは大事なんだなぁ・・・

もう一つ、昨日夫に教えてもらって初めてよく事情が分かったことが。

出産予定の病院が、パリで一番と聞いて、怪我の功名だ~♪などど単純に喜んでいたのだが、実はここは普通にオープンに診療している病院ではなく、私の場合、義父の紹介&救急という差し迫った事態があったお蔭(?)で、上手いこと滑り込めたことが判明。

オープンに診療している方の産院には、フランスの芸能人やセレブたちが出産しに来るので有名らしく、私が通っているのは、その別棟と言うか、"救急(とか高リスク出産)部門"で、いわゆる商業性の無い、高医療実施機関、みたいな不思議な位置付けらしい。そんな訳で、普通には通うことが出来ないのだそうだ・・・

リスクの無い妊娠・出産に越したことはないが、私の場合、リスクがあるので、結果的に今回は本当に運が良かったと思って居る。上海で判明したら、と思うと、諸々どれだけ対応出来たか分からない。義父の助け、高い医療レベルの病院への入院、パリの家族の手厚い支えと献身、陰に日向に遠隔サポートをしてくれる上海の夫と東京の家族、思い返すとすべてに深く感謝せずにはいられない。

まずは元気なべべを産むことが第一の恩返しと思うので、引き続き、安静を心がけて、月満ちるのを待つべし。

それにしても、蹴りが凄いな(^。^)
窮屈になってくるかもしれないけど、お腹でゆっくり辛抱してね~。

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lundi, août 15, 2011

パリ: バルコニーでシエスタ

先日、日本の実家から、義理の両親宛に大量の贈り物が届き(大型段ボール2個分!!)、各人宛のギフトや息子の服や遊び道具が入っていた。その中に、たくさんの日本の食材も入っていた。父の田舎の北海道の食べ物が9割以上。懐かしい食べ物やお菓子がズラリ。

抹茶ラテが大好きな家族の為に、粉末タイプの抹茶ラテの大きな袋が数個入っていた。義母が大喜びして、今日さっそく作ってくれたので、バルコニーで寝ながら飲むことにした。う~ん、美味しい。

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義母は公園で飲むのだと言って、水筒に抹茶ラテを入れて、義父とともに息子のお散歩に出かけた。

パリは今16時。気温は20度ちょっとくらいかな。太陽が出ていて、風がいい感じに吹いていて、本当に気持ち良い~!

何キロくらい離れているんだろう、遠くにサクレクール寺院を望む。

義母によく手入れのされた花々、綺麗な大輪の薔薇を愛でながら、静かにシエスタ・・・

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La vie est belle ...

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コメント欄について

コメントいただいた方々へ

コメントありがとうございます。

よく分からないけれど、Wifi経由だとコメント欄に記入が出来ない設定になっているらしく、皆さまのコメントにお返事できていません・・・

ケーブル経由になった時にお返事しますね。

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パリ: 息子の成長~14ヶ月~

先日、気付けば14ヶ月になっていた息子。

日々、日々、成長していく様を、義理の両親とともに、目を細めて見守っている。

歩くようになって、
単語を真似て発するようになって、
歯もだいぶ生えて来て、
滑り台も、一人で階段昇って降りてくるようになって、
公園の馬の乗り物も一人で昇って跨いで、揺すって遊ぶ。

義理の両親たちは、一度目はやり方を見せるが、本人の自主性を養うために、敢えて放っておくのだそうだ。そのやり方は功を奏していて、一度見せると、あとは自分で何とかする、と言うのがパターン化してきた。流石は年の功、なのか、あるいはフランス人独特の教育指針なのか、育児初心者の私にはまだわからない。

でも、分かる事は、このやり方が息子には合っていて、本人も幸せそうなので、私も支持。

義理の両親たちは、ママ友や実家の母が贈ってくれた甚兵衛を息子に着せて、パリの色んな公園を闊歩している。ジャポニスム人気は健在なのか、エキゾチックな風貌でユニークな日本のkimonoを着ていると、人気者になれるらしい。

日本人の観光客も多いので、息子を見ると、キャーとなって、何やら日本語で話しかけてくるらしいが、義理の両親たちには何を言っているのかまでは分からない。案外日本人じゃなくて、子供好きな中国人だったりして(^-^) そんな時は、上海で彼が身につけたスマイル術wがいい感じに効いているに違いない。

義母はアーティストの街、マレ地区が大好きで、マレにある公園によく息子を連れて行く。

マレと言えば、アーティストと同性愛者が有名なので、公園では昼間から同性カップルたちがキスとハグの嵐らしい。それを、じーっと興味深そうに見守る息子の様子を楽しそうに説明してくれた義母。

「同性愛者に寛容な、同性愛先進国のフランスの姿を自然に知ることが出来て、いい教育ですね」と私が言うと、義母は、「あら、そんなの、この子たちの世代ではもっと寛容で当たり前になってるから、心配要らないわよ」と、義母。「そもそも、パリ市長はゲイだし、多くのゲイの人たちが、企業や組織で才能を発揮していて認められていることを皆知ってるし。地方に行くと、まだ偏見が根強いところもあるけど、パリではありふれた話ね」

個人的には、人間の持つ多様性への寛容さは、人類や社会の成熟度の一つのバロメータだと思っているので、同性愛者の社会的権利を認めてきたという点では、フランス社会は、物凄く進化していると思う。

夏だからなのか、息子の髪の色はどんどん薄くなっていって、義父曰く、目の色も薄くなって来たそうで、元々、夫の小さい頃に似てると言われていたのが、最近は更に似て来た、と義理の両親が日々喜んでいる。

「この辺なんて、金髪じゃない?」と興奮して言う義母に、「いやいや、薄いけど、これはシャタン(薄い栗色)ですよ~(^-^)」と冷静に返す私。義母は息子たちや孫たちの髪の色がコロコロ変わって行くのを見守って来たので、また見られて楽しいらしい。姪っ子の一人は、産まれた時はイタリア人の母親と同じ漆黒の髪色だったのに、今はブロンド混じりのシャタンになっていたりして、本当に面白い。

日々、夫に似た息子と一緒に居ると、夫を育てていた時の思い出がしばしばフラッシュバックするらしく、しょっちゅう間違えて夫の名前で呼んだりしている。「動き方もそっくりだ」と嬉しそうに言う義父。

義父は息子たちの中でも、特に夫に目をかけて居たらしく、それは傍目にも分かるくらいなのだが、孫のことは輪をかけて可愛がっていて、夫でさえ触るのを禁止されていたCDのコレクションは、いまや完全に息子のオモチャと化し、ベートーヴェンのCDのハードカバーは息子が噛んだせいで、破れてボロボロになって居るが、全く意に介さない。

おじいちゃん・おばあちゃんが孫を甘やかすとはよく聞くが、確かに、孫と言う特定の存在に対しては、無条件に許容量が増すのだと言うことを、日々目撃させてもらっている(^-^)

こんな感じで、順調にすくすく育っている息子。

再来週あたりに一度こちらの小児科に行くことになっていて、予防接種受けたり、検診するので、具体的な成長度合いを見るのが楽しみ。明らかに、上海に居た時より食べている量が多いのが心配だけれども、運動量も倍以上なので、まあ大丈夫かな。とりあえず、食事内容についても細かく指導を仰ぐ予定。

お腹の娘も、外に出た息子も、ともに、日々成長中・・・

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dimanche, août 14, 2011

パリ: 1日だけ入院 その2

昨日、朝9時に義父が病院に連れて行ってくれて、直接病室のある階に向かったが、また少しだけ段取りが不思議なことがあった。

義父が差し出した病院側の入院許可証を見て、看護婦さんが、「ムッシュー、これだけではダメなんです。入り口で許可証を貰わないと」と言うので、義父が、「先日確認したら、この紙だけで入れるので、直接この階に来るように言われたのですが」と反論。しかし、頑として聞き入れて貰えなかったので、仕方無く義父だけ1階の受付に戻り、私だけ先に病室に通された。まあ、こういうのはよくある話。

程なくして義父も病室に来てくれて、お互い良い一日を~、と言って暫しお別れ。

入室して30分くらいしてから、先程の看護婦さんが現れ、心拍数と体温を測る。「マダム、私は英語とスペイン語も話せますが、どれが良いですか?」と訊かれたので、フランス語で、「あ、フランス語わかりますよ~」と答えたのだが、滅法マイペースな人で、嬉しそうに酷いフランス語訛の英語で話しかけてきたw しかも、単語が分からなくなると、完全にフランス語に切り替わっているので、私も頭が混乱して、とりあえずフランス語で返事をしているうちに、結局フランス語の会話に・・・。陣痛(contraction)、とか、医学的な専門用語は英語もフランス語も同じなので、訛で言っているのか、フランス語で言っているのか、見当がつかなかったりする。

昔、学生時代にスペイン語のクラスで、スペイン人の先生が英語で授業していたときのクラスの混乱を思い出した(^-^) 英語が訛り過ぎていて、スペイン語なのか、英語なのか、分からないのだ。「ディス イズ ヴェーリー インポルタンテ!」は、まだわかるが、「アンフォルテナッテリ」とか言われると、スペイン語の新しい単語にしか聴こえない。結局、英語の"unfortunately"だとわかって、クラス中が、この先生、普通と違う意味で厳しい~と匙を投げていたのを走馬灯のように思い出し、思わず微笑む。

面白いことに、看護婦さん自身も途中で混乱して、なぜか一部スペイン語になったりしてて、本当にお茶目な人だった。珍しい外国人を見たら、相手が日本語話せるのに、焦って英語を話してしまう日本人みたいな感じなんだろうか。でも、他言語を話す上で、この度胸はぜひ見習いたい。

計測が終わると、「じゃあ、おシリに注射打ちに来ますからね~」と言って去って行った。

ううっ、この、感じ良いけどちょっとお茶目な感じの看護婦さんが打つの??なんか勝手にすご~く嫌な予感(T_T)

入院前夜、Twitterで、筋肉注射を経験したことのある友達に、痛みはどうか、確認したら、自分はそんなに痛くなかった&打つ人に依る、と返事が来て、そうだよなぁ~と若干ビクビクしていた。

前回入院した時、下手な看護婦さんに当たってしまって、点滴針の注入を目一杯失敗され、5㎝くらいの内出血の青あざが一週間は治らなかったのが、微妙にトラウマになっていた。まあ、日本で入院していた時も、上手な人と、そうでない人とでは、痛みに雲泥の差があったので、こればっかりは、仕方が無いのだろう・・・

朝、義父にも恐る恐る聴いてみた。「筋肉注射って痛いんですかね~?友達曰く、打つ人に依るとか・・・。」「ああ、まさにそうだね~(^-^) まあ、でも、慣れた看護婦の方が、慣れない先生よりずっと上手いと思うよ」

そんなやり取りを思い出していたら、先程の看護婦さんが注射が入った容器を持って、鼻歌交じりにやって来た。鼻歌ですか!随分ご機嫌だなぁ~。

天然なのか、あるいは患者の気を逸らそうとしているのか、ガンガン話しかけて来る看護婦さん。「は~い、息を吸って~、ゆっくり吐いて~」と言って、腰の少し下辺りにスっと針を刺す。刺してる間も、楽しそうに話しかけてくる看護婦さん。

あ、思ったより痛くない♪

注入した液の影響か、3分間ほど鈍い痛みはあったが、きちんと消毒綿で押さえておいたら、痛みは消えた。

ああ、良かった。

その後、採血あり、NST(ノンストレステスト: 胎児の心拍数測定)あり、自分の脈絡&体温計測あり、慌ただしく一日が終わった。途中、陣痛を抑える薬を飲んだせいか、身体が火照り、疲れたのでシエスタしたり。パリの家族から、「痛くなかった~?」と安否を気遣う電話あり、「全然~!」と余裕で返事したり。

今朝、昨日と同じ看護婦さんがハイテンションでやって来て、"How are you, madame?"と、また英語でご機嫌だった。その後の体調確認や、心拍数&体温計測はフランス語。結局、英語を本当に話せるのかどうかは不明なままだ。まあ、雰囲気、雰囲気w

「この後、注射の残りを打ちます。その前に、ドクターか助産婦が来て、退院の手続きの書類をくれますからね」

そう言われて、1時間ほどしてから、ドクター3人が入って来た。2人は前回も何度か話したベテランのインターンの女医さんたちで、もう一人は若いイケメンのインターン。若干頼りなさげな感じが、年次を物語っているようだ。

一番ベテランそうな女医さんが、話しかけてくる。

「マダム、体調はどうですか?うんうん、問題無いですね。では1時には退院です。注射をして、胎児の心拍数を測って、昼食後に陣痛を抑える薬を飲んで、今日はお終いです。後で退院の手続きの書類を持って来ますね。注射後、胎児が眠くなるので、胎動が一時的に減りますが、問題ないですからね」

そうして、皆がニッコリ素敵な笑顔で去って行った。ここの病院だけなのか、それとも他の病院もそうなのか分からないが、先生方の笑顔がいつも優しく爽やかでビックリする。コミュニケーションもとても上手。産科医が余るほど足りているという事情からくる余裕なのだろうか。しかし、別の病院を利用しているパリ在住のママ友も言っていた。先生方のコミュニケーション能力が明らかに日本より高い、と。説得力があり、はっきり言うのに、患者を不必要に不安に陥れず、しこりも残らないんだ、と。言語か会話のテクニックの問題だろうか。これも興味深い。

11時過ぎに、件の看護婦さんが、「注射~、忘れてないですよ~♪」と、歌いながら入ってきた。やっぱりご機嫌である。「は~い、今日は反対側ですよ~♪」

最初だけ、チクっと痛い。でも5秒間くらい。その後、昨日と同じように、3分間ほど鈍い痛みが続いた。

「少し押しながらほぐしてくださいね~」

言われたように、ゆっくりほぐしていたら、さっきのイケメンのインターン先生がNSTをしに入ってきた。まだおシリをさすっていたので、一応、"Excusez-moi..."と言ったのだが、全然気にせず(そりゃそうか・・・)、淡々とにこやかに準備して、お腹にベルトを巻く先生。「べべはどこにいますかね~?」と優しく尋ねる先生。「多分、ここです」と示すと、ビンゴで、そこにべべは居た。ちょうど眠っていて、動かなかったので、静かに心拍数が取れた。

全て検査は良好で、あとは退院前の説明。インターンの女医さんがやって来て、今後について、書類を見せながら色々教えてくれた。次回の検診についてと、来週あたりから、sage-femme(サージュ・ファム)、いわゆる助産師さんが毎週家に訪問してくれて、コンサルテーションをしてくれると言う。上海で行っていた産婦人科でも、フランス人のsage-femmeが担当してくれていたのだが、日本の助産師さんと微妙に職務範囲が違っていて、こういったコンサルテーションをより積極的に行うようだ。(後でもっと調べてみよう)

いずれにしても、これから出産を迎える妊婦にはとても心強い。予め貰った資料で予習しておかなくては・・・(^_^;)

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退院直前の昼食はクスクスで、普通に美味しかった♪ 前回は一週間も居たので、不味い食事もあったが、今回はどれも普通に美味しく食べられた。それでも家で食べる方がずっと美味しいのは言うまでもないけれども(^-^)

・・・と、このような感じで、恙無く入院は終わり、1時ちょっと過ぎに義父が迎えに来てくれて、無事帰宅。1日振りに会う息子を抱きしめて、ビズ(キス)をして、義母にもビズをして、また静かな日々を送ることになる。

穏やかに時が過ぎますように・・・

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samedi, août 13, 2011

パリ: 1日だけ入院

入院と言っても、単に数度に分けて注射をするだけなので、全然大したことではないのでご安心を(^^)

先日ちらりと予告した通り、胎児の成長促進剤を筋肉注射で投与するための入院。

なぜ、成長促進剤を打つ必要があるかと言うと、私には早産のリスクがあり、早産した場合に、何が問題になるかと言えば、胎児の臓器の発達障害、特に妊娠の最終期に完成する肺機能の未熟が引き起こす障害が懸念される為。

通常、胎児の成長は、産まれる週数と体重が要素として重要だが、臓器の成熟に関しては、絶対的に週数が重要だそうだ。週数によっては、網膜の障害や、頭部の出血など、早ければ早いほどリスクが大きい。

前回の妊娠時、最終的には月満ちて出産出来たものの、切迫早産(早産の恐れがある)と言う既往があるので、一般的に、その次の出産はそれ以上の早産傾向があることが多いため、早産のリスクを想定して動く必要があると言うことは認識していた。

ある意味、前回、3ヶ月もの間、入院していたお蔭で、切迫早産に付随する知識はかなりマニアックに身につけることができた。先生や看護婦さんと毎日会話していたし、毎日ネットで経験者や産科医の体験談や論文を読んでいたので、かなりの耳年増状態に。

前回、切迫早産で入院した時も、先生が成長促進剤の投与を25週目くらいに検討していたのだが、確か、子宮収縮抑制の点滴がかなり強かったので、28週くらいまでは様子を見る、と言うような判断だった気がする。結局、経過が順調なので、投与は必要無しと判断され、無事37週まで持った。

その時に、先生から、早産のリスクに備えて成長促進剤である副腎皮質ステロイドを投与し、肺機能の成熟、網膜の障害の回避、等々、検討している、と詳しく説明を受けた。

Webで調べると、30週に満たずに産んだ場合でも、24時間以上前に成長促進剤を投与してあったために、肺機能の成熟化が進み、出産後も問題無く推移したと言う体験談が載っている。

この成長促進剤が効果的とされるのは、妊娠24週~34週、分娩の24時間以上前に投与された場合のみ。

これは、フランス以外のヨーロッパで早産リスクを持ちながら出産した人たちも同じようなことを書いて居たので、人種などで対応に変化は無いようだ。

纏めると、
・早産時のリスクは、胎児の臓器未発達、特に肺機能障害
・副腎皮質ステロイド剤の投与(筋肉注射)が胎児の成長を促進
・成長促進剤は、妊娠24-34週の範囲で、分娩の24時間以上前に実施されることで効果を発揮

Webに載っていた産婦人科医のブログを見る限りでは、実施していることで50%近くものリスク軽減があると書かれていた。
早産と副腎皮質ステロイド
※逆に34-36週には打っても意味が無いということを証明した論文についてのエントリ

夫が投薬の副作用について心配してくれて、義父に確認してくれていたが、それも問題ないと。Webでも、喘息や重度のアレルギー等、特定の既往がなければ問題ないと書かれていた。まあ、微量だし。

そんなこんなで、だいぶマニアックになっていたので、前回の検診で先生が注射を勧めてくれた時も、ああ、ステロイドだ、と直ぐに理解が出来て、話が早かった。話しているその場で先生が注射のアポをいれてくれたり。

・・・でも、入院用のベッドの手配に手違いがあって、結局予定より一日遅れの入院に。段取りが微妙に良くないのもフランスならではな気がする。今がバカンス中で人が足りて無いからかな??とりあえず、看護婦さんがガサツなのと、ご飯がマズイことだけは我慢しよう。うんうん。

願わくば、月満ちて産まれますように!と念じつつ、念には念をいれ、注射打ってきま~す。

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vendredi, août 12, 2011

パリ: 息子の滑り方

上海に居た時から、阿姨がよく遊ばせてくれていたお蔭で、滑り台や乗り物系は全く怖がることなく、今や、一人で階段を昇り、一人で降りて来るというツワモノになった。

義父母は幸い過保護な人たちでは無いので、彼の自主性を重んじて、必要な時には手を差し伸べるけれども、あとは温かく見守る、と言うスタンス。

我が息子、他の子供たちと明らかに違うところがあって、内輪でウケているのが、こちら↓

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滑り降りる時は必ずうつ伏せになる。

何でだろう~?

階段を降りようとする時もこの体勢になるし、私のベッドの上で跳ねて遊んだ後も、すごすごとヤドカリのように後ずさってうつ伏せで降りる。

安定が良いのかな??

本人はとても喜んでいるし、とりあえず、まあいっか(o^^o)

来週、パパが来たら、一緒に仰向けで滑ってみせてもらおうっと。

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mercredi, août 10, 2011

パリ: エジプト人の足?ギリシャ人の足?

先日、義父が息子に、「さ~て、私の可愛い孫は、エジプト人の足?ギリシャ人の足?」と話しかけて居て、何やら足を調べた後、「おお、パピー(おじいちゃん)と同じ、エジプト人の足だね~」と嬉しそうに言って居た。

エジプト人の足??

土踏まずが発達してるとか、そんなのかしら??

気になったので、「エジプト人の足って何ですか?」と訊いたら、爪先が、親指から小指に向かってシャープになっているのがエジプト人の足で、人差し指(って言うのかな?足の場合も?)が親指より出ていたりして、緩やかな曲線になっているのがギリシャ人の足、と言うらしい。

自分は~?と調べたら、ギリシャ人の足だった。義母もギリシャ人の足。

ほほ~、確かに形状に違いがあって面白いなぁ。

フランス語のwikiによれば、エジプト人の足は人口の63%、ギリシャ人の足は31%とある。

ところで、何でその呼び名になったんだろう?本当にエジプト人とギリシャ人の足は特徴的な違いがあったのだろうか。少し調べたけど分からなかった。

どなたか分かる方がいたら、教えてください~。

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mardi, août 09, 2011

3号機の再臨界について

3/20の福島原発3号機の再臨界が取り沙汰され始めている。こんな大事故が隠蔽されていたら、本当に大ごとである。

これについては、

"2011年3月20日 隠蔽された3号機格納容器の爆発"
http://news.livedoor.com/lite/topics_detail/5763592

と言う記事は読む価値がある。

していないと発表され続けていたメルトダウンは、やっぱりしてました、と後になってさりげなく発表していたし、この件も、家族や友人の反応は、「重大なこととは分かるけど、またか・・・」と言う脱力気味の反応。誰もが疲れ切ってしまって、今更糾弾する気も起こらない、と言う状態。

結局、フランスやアメリカの報道が伝えていた危機感の方が現実的だったんじゃないかと言う・・・

原発利権はどの国でもメディアをおさえているので、別に日本に限った事ではない。原発大国フランスだって利権とがんじがらめで隠蔽体質だと、原発に詳しいフランス人ジャーナリストの家族が教えてくれた。

だからこそ、"自国メディアは政府や東電の重大な隠蔽を糾弾出来ない"と言う"リスク"を考え、最悪のケースを想定して動くのが必要だと言う事が、今回自分が得られた教訓。海外メディアは煽っていたと言うよりも、自国も隠蔽体質だとわかっているからこそ、必死に追求していた部分もあるのではないかと。

「なぜ東電は被災地の人々や、放射線で二次被害を蒙っている人たちに補償しないのか?補償するべきでしょう?」と義母に訊かれて言葉が詰まった。そう、フランスでこんな事があったら、市民はデモや暴動を起こして、補償を取り付けるまで闘うに違いない。

日本人はお人好し過ぎるのかも知れない。フジテレビ韓流反対デモや、東海TVの糾弾よりも、もっと本質的なところで怒るべきではないかと。セシウムを垂れ流している張本人が誰で、その汚染で困っているのは誰なのか。再臨界とか重要な情報を突っ込まずに、安全だと言い続けていたのは誰で、その仕組みに乗っかってのうのうとしているのは誰なのか。

東電救済のための資金を国民の税金で賄う法案が議決された話を義母にしたら、絶句していた。「それが、日本人なのね・・・」

再臨界の話は、きちんと事実の追求をし、東電と政府は被害を与えた人々に補償をするべきだと思う。過去の話として風化させてはならない。

この件は、引き続きウォッチしていきたいと思う。

追記:
NY Times 記事も必読
"Japan Held Nuclear Data, Leaving Evacuees in Peril"
http://www.nytimes.com/2011/08/09/world/asia/09japan.html?src=me&ref=world

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lundi, août 08, 2011

パリ: 血液検査

今日は妊娠期間中の血糖値やトキソプラズマの抗体、鉄分等々を調べるための血液検査だった。日本に居る時もそうだったが、妊娠前期と後期、最低2回は調べるのがこちらでも普通らしい。

先日の超音波クリニックのように、今回もまた血液検査の専門のクリニック(ラボ)に赴き、2時間かけてのかなり精密な検査だった。

朝は8時に起床し、朝食は抜き。

10時に義父に連れられてクリニックに行き、1回目の採血。

その後、200mlくらいの水に、どの位だろう、溶けきれないくらいの糖分を入れた砂糖水を飲まされた。

甘すぎて気持ち悪いので、ゆっくり飲んでたら、「あれ?まだ飲んでないんですか?」と先生に言われ、「味わって飲んでるんですよ~」と言い訳。先生が背を向けた瞬間に、義父に、うえぇ~!と言う顔をして見せた。義父はふっふっと笑う。私は蟻か!?と自分に突っ込みたい気分だった。

クリニックの一部屋を借りて、雑誌を読んだりして時間が過ぎるのを待つ。幸い、ぼ~っとするのは得意なので、待つのは苦手ではない。

11時に2度目の採血。

さすが採血&分析の専門クリニックだけあって、採血が全くもって痛みがなく、相当熟練している。

血を抜くだけなので、さしたる時間もかからないし、挨拶に毛が生えたような軽い会話が、先生と患者の間で交わされるのが聴こえる。「やあ、ファブリス、新しい仕事の調子はどうだい?」「どんな仕事も大して変わんないですよ、先生」と、常連(?)っぽい患者さんとの会話もあれば、「わしゃノルマンディー人で、こっちに住んでるんですよ」と、私でもわかる酷い訛りのある新しい患者さんも居た。

12時に3回目の採血が終わり、迎えに来てくれた義父と帰宅。

帰る道すがら、こうして専門のクリニックに分かれているのは、実は患者も行き易いし、産婦人科不足の日本とか、良い解決策になるのでは、と話していた。「まあでも、フランスは産婦人科医が多過ぎるんだけどね」と義父。何だ、専門のクリニックも充実している上に、産婦人科医が余っているとは・・・!

血液検査が終わったら、結果を持っていよいよ今週、べべの成長促進の注射を受けに行く。注射は本当に怖くて苦手だったけど、去年の入院で毎日点滴ですっかり慣れてしまった(^_^;) (献血して貧血を起こしたりしてたのに・・・) 人間、逞しくなるものだ。

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パリ: 歩き始めた日

先月下旬に息子は歩き始めた。

先月に入ってから、三歩、四歩は歩いていたのだが、義父母の基準は厳しく、「まだまだ、これは歩くうちには入らない」と、なかなか"認定"されなかった。

毎日、公園で2-3時間は過ごしているので、公園でもスムーズに歩けるようにと、家の中でも靴を履いて歩く練習をさせたりしていて、義父母が子どもの発育に物凄く熱心なことがわかった。

私なんて、「そ~んな、放っておけばみんな歩くし~」と、やれ、歩き始めたのが早いだの遅いだの、やれ、歯が生えるのが早いだの遅いだの、五年後には確実にどうでもよくなってる話題だし、と言うのが基本スタンスだった。

しかし、実際歩くのを見ると、結構感動する。

二足歩行だよ~、ホモサピエンスだよ~!とまで思ったかどうかは憶えてないが、歩くと言う新たな技能を獲得し、彼の世界が確実に変わった瞬間である。

で、20歩くらい歩けるようになって、初めて、義父母から"歩行認定"が出た。しかも、練習の賜物で、靴を履いても裸足でも、かなりしっかり歩く。さすがは年の功・・・!

認定が出たのに、なぜブログにもFacebookにも書かなかったかと言うと、それは、今月パリに来る夫へのサプライズとして、内緒にしておこうと言うことになったため。歩く姿を見たら、きっとビックリ仰天して喜ぶだろうと。

黙っておくのは大変だった。

夫から、「歩き始めた?」と訊かれても、「まあ、多分ね~」とか、訳の分からない返事をして誤魔化し、義母に「多分ってどういう答えよ~、ほっほっほ!」と爆笑されていた。

そのうち義母は、「ウソはつけないタチだからツラい」とか、「彼はサプライズが嫌いで、怒られたことがあるわ!大丈夫かしら?」とか、悶々し始めた。ははぁ、さては、あんまりサプライズに成功した事がない(というか、そもそもやってない)んだな~、と、義母のナイーヴさが可笑しくて笑ってしまったり。後日、私の方がよっぽどおかしな真似をしてしまうのだが。

そんな中、事情があって、夫が週末、急遽東京の実家に戻ったため、家族でSkypeしようということになった。私はiPhone経由でSkypeしていた。話している途中で、息子が部屋に入って来て、不思議そうにiPhoneを眺めて居たので、息子に画面を向けると、両親と夫が歓声をあげて、息子に話しかけたりしていた。息子も嬉しそうに笑顔を向けていたので、そのまま向けていたら、突然、息子がふっと踵を返すと、スタスタと部屋を出て行ってしまった。

私にしてみれば、見慣れた光景だったので、注意を払わなかったのだが、

「え~っ!超歩いてるじゃん!!」

と言う夫や両親の叫び声で、ふと我に返った。あ・・・、見られちゃった(^ ^)

「 え、何?めちゃめちゃ歩いてたじゃん!!歩けるの??」

と驚く夫に、いやぁ、かくかくしかじかで、と笑いながら説明してたら、ちょうど義母が入って来たので、「いやぁ、バレちゃいました~(^_^;)」と言うと、義母は爆笑しながら、経緯を説明。夫は嬉しさ半分、怒り半分で、「歩いたんだったら言ってよ~!」と義母と私を責めた。

わいわい言ってるうちに、何だろうと思ったのか、また息子がスタスタと入って来たので、その様子をまた東京の家族に見せてあげたら、大喜びしていて、いつの間にか、私たちの中途半端なサプライズの罪も不問になっていた(^ ^)

歩き始めると、視界が広がる上、更にアクティブになる。義父のパソコンの電源は毎日のように勝手に消されているし、私の本やiPhoneは、椅子やベッドの上だとすぐに取られて全部床に落とされる。戸棚や引き出しも皆開けられる。伝い歩きの時からだったが、電話、テレビ、洗濯機、乾燥機、CDデッキ、等々、あらゆる電化製品は、遊び道具である。

ある日、義父は4個のベビーフェンスを階段やキッチンの入り口に取り付け、息子の手が届く、ありとあらゆる棚や引き出しにフックを付けて、固定した。リモコン類は、手の届かない場所に。

これで、彼は限りあるスペースの中で、自由自在に歩き回って遊べるようになった。まあ、専ら義父の書斎に入り浸って、義父と仲良くパソコンをいじったりして、そのうちふいと居なくなって、廊下のCDの棚を破壊し、気が向いたら私の部屋に遊びに来たり、義母の浴室や書斎に遊びに行く。

そんな日常に慣れていたもので、夫たちとSkypeしている時も、全然気が回っていなかったのだった。

こちらは毎日成長を見てるけれども、夫や東京の両親が久しぶりに見たら、Skypeで見たとはいえ、物凄く驚くんだろうなぁ。

驚く顔を見るのが、今から楽しみである(^ ^)

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パリ: 初めての言葉

今朝から、息子がはっきりと単語を口にするようになった。

それは、"Au revoir"(さようなら) (o^^o)

お昼の来客用に、義父が息子を連れてバゲットを買いに行った、その時に、突然言い始めたのだと言う。その後、手を振りながら、「オーヴァ」と何度もやってくれた。私の居る部屋を出て行く時にも、「オーヴァ」と言いながら去って行く。

更に、義母が電話に出る姿を真似して、耳におもちゃなどを当てて、"Allô"(もしもし)と言うようになった。この姿に義母が大歓喜(^ ^) 「私の真似をしてるのよ~!」

最初の言葉は一体何語になるんだろうと思っていたら、義父母の深い愛情に応えて、フランス語となった。日本語ではなかったのが少々悔しい気もするが(^ ^)、ここまで毎日面倒見て可愛がってもらっているのだから、フランス語を話し始めたのは、良い孝行になったのではないかと思う。

ただ、日々こうして成長ぶりを見せて義父母を喜ばせる一方で、相変わらず義父のCDのコレクションがおもちゃにされて、凄いことになっているので、孝行が相殺されちゃってるかも・・・(^_^;)??

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samedi, août 06, 2011

パリ: 家庭内言語

パリの義理の両親宅に居候して早2ヶ月。

義理の両親と交わす言語は100%フランス語である。

義兄夫婦とは、以前は英語交じりだったのが、今は完全にフランス語。イタリア人の義姉のフランス語のレベルは相当なもので、フランス人より綺麗なフランス語を話しているそうで、彼女の努力やその軌跡は、同じ"外国人嫁"同士、とても励みになる。

彼女の家族の経たある事件が、私たち家族の間での一つの確立したルールになった。それは、

子どもたちには、必ず自分の母国語で話しかける

と言うこと。

お蔭で、今は、姪っ子たちは、完璧な発音のフランス語と、完璧な発音のイタリア語を話すことができる。一番下の7歳の姪っ子だけ、時々文法を直されているが、まあ、それはどの言語を話す子でも普通にある光景。

事件は、7年ほど前に起きた。義姉が周りの家族に気を遣ってか、一番上の姪っ子を育てていた時に、フランス語で話しかけていたことがあったそうだ。すると、彼女は大好きなお母さんの真似をして、イタリア語訛りのフランス語を話すようになってしまい、家族の間で大問題になっていた。

姪っ子が話す度に、家族たちが笑い出し、「何だよ、その酷いフランス語は!」と大騒ぎ。フランスで育ったにもかかわらず、わざわざ訛るのは有り得ない!と言うことらしかった。

その原因が上述のことだと判り、彼女には急遽、フランス語の発音矯正のための家庭教師を付けて、必死に矯正すると同時に、それ以後、譬え周りが理解出来ないとしても、母娘間での会話は徹底して母国語であるイタリア語を話す、と言うことになった。このお蔭で、下の2人の姪っ子は、同じ問題を起こさずに済んでいる。

先日、家に義姉が遊びに来た時、彼女は私の息子にもイタリア語のみで話しかけてくれていた。また、イタリア語の響きの可愛らしいこと!

我が家のルールも当然この貴重な経験を踏まえて、ルールを徹底している。私は常に日本語でしか息子に語りかけないし、夫はフランス語のみ。上海に居た時にも、英語も話せる阿姨が、息子には英語で話しかけるのを止めて貰い、彼女は常に中国語。

上海では、バイリンガル、マルチリンガルの子どもたちが多かったが、どの家庭もやはり同じルールを持っていた。

日英カップルの子どもが、日本人のお母さんに英語で話しかけても、返事は日本語だけ、とか、逆にお父さんに日本語で話しかけても、返事は英語だけ。このご家庭も、イギリスや上海で"失敗例"を数多く見てきたらしく、このルールを徹底する事にした、と言っていた。特にイギリスだと英語の発音やイントネーションはとてもシビアなので、日本語訛りの英語を話すようになったりしたら、子どもがつらい思いをするのだろう。シンガポールに居た、ある日英カップルの家庭では、日本人のお母さんが英語が苦手で、発音も文法もひどかったらしいのだが、メイドさんとどうしても英語で話す必要があったので、練習も兼ねて、子どもにも英語で話すようにしていたら、子どもの話す英語がひどい事になってしまい、矯正に相当な時間を要した、と言う話を教えてもらった。事情が事情なだけに、気の毒だが、後で苦労することを考えると、やはり最初から、日々母国語で話しておいた方が、子どもにとっても良いと思う。

昨日、パリ在住のママ友(日仏カップル)が実家に訪ねて来た時に、たまたまこのトピックになった。彼女も子どもたちには徹底して日本語で話しているので、上の子は生後直ぐからずっとパリ育ちなのに、ちゃんと日本語を話す。彼がフランス語で話して来ても、返事は日本語。

ところが、旦那さんの実家に行くと、家族皆が会話を理解出来ないから日本語で会話をするなと言われるそうで、それが苦痛だと嘆いていた。フランス人は休暇が長いので、数週間滞在したりするので、日々、苦痛だと。それを聞いて、憤慨してしまった。まだ五歳の子どもと話す会話なんて、他愛の無いものだし、家族全員がその内容を把握する必要など無いだろうと。あったとしても、何と言ったのか後で聞けばいいだけだろうと。ましてや、普段日本語で会話をしているのに、ママが突然フランス語に切り替えたら、子どもも困惑するだろうし、環境に敏感な子どもは、何となく日本語って話しづらいんだと思ったら、日本語自体を敬遠してしまうかもしれない。

「日本もいっぱい居ると思うけど、あんまり外の文化に触れたことがなかったり、興味が無い人たちって、フランスにも当然居て、そういう人たちは、自国の文化以外は受け容れないの。電話でも、先に向こうに行った息子と日本語を話すと受話器の向こうで馬鹿にしてるのが聴こえてくるし・・・。」

と、そのママ友は悲しそうに言っていた。

義母はこの話を訊いて、猛烈に怒っていて、

「酷すぎる!異端審問のつもりかしら!有り得ない!」

と言っていた。幸い、義理の両親は外国の文化に興味津々な方のフランス人で、文化にせよ、言語にせよ、気になったら片っ端から本を読んだり、その国に行ったりするような情熱を持っている。義姉たちがイタリア語を話していると、いつも嬉しそうに、

「聞いた?聞いた?今のはイタリア語よ!私もイタリア語勉強中だから判って愉しいわ~♪」

と言っている。

日本語はさすがに難し過ぎると言いながらも、日本についての本やら記事やら、かなり読んでいるので、地名とか、歴史的人物の名前とか、日本語で憶えているし、私が息子に言う日本語の挨拶は大体覚えてしまった。

そういう環境のお蔭で、我が家では大手を振るって日本語を話せるわけだ・・・と、改めて、義理の両親の文化的寛容さに感謝。

それにつけても、このママ友の境遇が不憫。

言語は一生ものなので、子どもだからと言って、自分たちの都合の良いように喋るのではなく、子どものことを考えてあげたいと言うのが親心。

マイペースな人を装って、負けずに日本語を話し続けちゃえばいい!と助言(?)したが、それぞれ家庭には事情があるので、そう簡単なことではないらしい。

言語には、漏れなくその背後に控える文化と言う大きな世界が伴ってくる。言語を話し、理解するには、自ずとその文化的背景を知る必要がある。そういう重みのある大切な言語。相手の言語を尊重することは、文化を尊重すること。

そういう意味で、夫婦が各々、自分の母国語で子どもに話しかけるのは、フェアでもある。

これからも、日本語担当、頑張りま~す♪
※もちろん、敬語込み(^ ^)

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vendredi, août 05, 2011

パリ: 息子の特技

パリで発覚した息子の特技がある。

それは、ベッドにミルクの入った哺乳瓶を置いて置くと、朝起きるまでの間に、寝ながら独りで飲んでくれると言う、とてもお得な得意技。

生後三ヶ月か四ヶ月くらいから、夜寝ると朝まで寝ていてくれる、手のかからない子だったのだが、パリに来る前、上海に居たとき、暑さのせいか、夜中に泣いたりすることがあったので、ミルクをあげると、ゴクゴク飲んで、また寝る、と言う感じになっていた。

パリに来て何日かしてから、義父だったか夫だったか忘れたが、就寝前にミルクをあげた後、哺乳瓶を持って帰り忘れたことがあった。つまり、哺乳瓶はミルクも幾分残ったまま、ベッドの中に置き忘れたのである。

上海では別々の部屋で寝ていたが、その時は姪っ子も泊まりに来ていたので、夫と息子と私の三人で、同じ部屋に寝ていた時期だった。

明け方頃に、ふと耳を澄ますと、息子が哺乳瓶を吸っている音がした。しかも、飲み終えたようで、スースーと空の哺乳瓶を吸っている音。「もしや、誰か哺乳瓶を持って帰り忘れたな~」と思ったのだが、眠いし、息子もむずがったりしていないので、とりあえず放っておこう、と再び眠りに就いた。

翌朝、8時頃に目が覚めると、息子はいたってご機嫌で、何やらフンフン歌っていた。ベッドの中には、空の哺乳瓶が転がっている。自分でミルクを飲んでくれていたお蔭で、こちらが起き上がることも無く、朝まで寝られると言うことが、ここで判明。

それ以来、就寝時の一本と、途中で喉が乾いた時用の一本を、お供え物のようにベッドに入れて置くと、翌朝綺麗に無くなっていて、本人ご機嫌、と言うことが、日常になった。

一度だけ、ミルクがすぐに見つからなかったのか、明け方頃に、「ふえ~ん」と一声挙げたことがあった。夫もその声に目を覚ましたが、泣き続けなければ問題ないので、ふたりとも、息をひそめて聞き耳を立てていた。我が家の風習で、寝る時は、部屋は真っ暗闇なので、ここでは聴覚が頼り。

そのうち、ぐびっぐびっと、勢いよくミルクを飲む音が聴こえ、飲み干した後に、スースーと空の哺乳瓶を吸う音が聴こえてきた。見えないのに、情景が浮かぶようで、可笑しくて、夫とともに、クククク・・・と笑いを噛み殺す。最後は、ぷはー、と、満ち足りたような吐息が聴こえたので、さすがに吹き出してしまった。しっかり飲んだ後は、早くもスヤスヤと寝息が聴こえてきた。

こうして、しっかり自分で飲めていることも確認出来たので、最初でこそ、義父母は驚いていたが、そのうち、自主性も養える一種の特技だと言うことで、今は家族公認の定番となっている。

生まれてすぐくらいから、哺乳瓶は自分で持とうとしていたので、何となくその流れでうまく行ったのかな~、と思う。ふたり目も同じとは限らないので、これは一つの彼の個性と思って、とりあえずのんびり見守ろうかと。

日々、子どもの成長には驚かされる。まだ、簡単な喃語に毛の生えたような言葉しか発さないのに、「何々を頂戴」と言うと、理解して持ってきてくれたり、「それは捨てて」と言うと、持っていたものをポイと捨てたり、「ダメだよ」と叱ると、泣きそうな悲しい顔をしたり。今の時期、脳が目覚ましい勢いで成長しているのだろう。

特技も分かったし、この日々変化する子どもの成長を見る楽しさを、離れ離れではなく、一緒に過ごすことが出来て本当に良かった。一時でも、上海に連れて帰らず、母親と一緒の方がいい、と力説してくれて、実際にサポートしてくれている夫と義理の両親に、心から感謝している。

東京の両親も、次に会ったら成長ぶりにビックリするだろうなぁ~(^ ^)

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jeudi, août 04, 2011

パリ: 超音波モニター専門クリニック

先日、少しお腹が張ったので、義父に伝えたところ、直ぐに家の近所の超音波モニター専門のクリニックを予約してくれた。

2人目ともなると、お腹の張りには自分自身がとても敏感になるので、気付いたら直ぐにアラートをあげようと心がけている。

今日はそれで、義父母と息子とでお出かけ。

息子は、義母が公園にお散歩に連れて行ってくれると言うことで、クリニック前でお別れ。今日は朝は雷雨だったのに、午後は嘘のように晴れて暑くなり、やっと夏らしい気候に。

8月のパリは、いつ来ても人が居なくなっていて、常駐のように道を占拠している車たちもどこかへ消えて、小さな商店は閉まっているところが多い。

太陽の眩しい光を避けながら、義父とともにクリニックの中に入ると、とても新しくて、広々としたモダンなデザインの室内だった。

待合室には、Numéroとか、Paris Matchとか、ファッション誌と週刊誌が置いてあった。Paris MatchとExpressは、どちらもDSK(ドミニク・ストロスカーン)がトップ。"全てを変えたスキャンダル"、"アン(夫人)は彼を見捨てはしない"と、中身が大体想像つくタイトルだった。結構世論は冷ややかなので、キツい闘いを強いられるだろう・・・

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雑誌を手にとって開こうと思ったら、すぐに呼ばれて、先生に対面。

物凄く精密な機械のようで、胎児の身体をくまなく調べ、心音、羊水の量、子宮頸管の状態、等々、実に詳細に調べていた。

結果、術後の状態もべべも全く問題無く、お腹の張りから懸念される子宮口開大も無く、万事順調だった。ほっ。

貰った診断書は、これまで見たことの無いような、論文みたいな資料で、超音波モニターで撮った写真も10枚くらい添付されている、中身の濃いものだった。"彼女(べべ)の心臓は左側にあり、心房・心室にきちんと分かれていて・・・云々"といった具合に、実に詳細で項目が多かった。

妊婦と言えば、産婦人科医、と思っていたが、フランスだと、超音波モニター専門の医者が開業していて、産婦人科に限らず、色んなジャンルを串刺しにして診ることが出来るのが面白いな、と思った。日本にもあるんだろうけれど、妊婦が独自に診て貰ったと言うのを見聞きしたことが無いので、日本では需要が無いと言うことなのかな。産婦人科医不足が叫ばれている日本で、意外とこのジャンルのお医者さんが増えるのは、補完出来ていいんじゃないかとふと思った。

今回の診断を受けて、引き続き、なるべく安静に過ごして、来週、いつもの大きい病院で検診後、一晩入院予定。理由は、胎児への成長促進剤を筋肉注射で投与するため。これは、後日詳しく書く予定。

幸い、気候も良くなって来たし、心静かに暮らすとしよう~♪

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mercredi, août 03, 2011

パリ: 家族の血液型

先月の話になるが、入院中に検査で採血もしたので、自分の血液型が紙片にプリントされたものを渡された。まあ、手術前に調べておいた、と言うのが理由だろうけれども。

で、もともと血液型は性格には関係ないと思っているので、夫の血液型も知らないし、まあいずれわかるだろう、くらいのノリなのだが、実は、夫自身も知らない。ついでに、息子の血液型も特に調べなかった(依頼しなかった)ので、これもわからない。友だちに言うと、「うっそ~、絶対病院は調べてるって~」と言われ、確かに、先天性異常のテストで血を抜いたりしてるので、どっかしらにあるだろうと、母子手帳や検査結果の紙をクマなく調べたが、どこにも無し。なので、未だ不明。

フランス人は、と言うか恐らく、血液型占いが物凄く流行っているアジアの国々以外でも、血液型は関心の対象外のようだ。「え~!血液型も知らないの~?手術する時の輸血とか困るじゃん!」とよくツッコミが入るのだが、ちゃんとした病院は、輸血する程の手術なら、きちんと血液型くらい調べる筈なので、問題ない。

日本の自分の家族は、少なくとも、互いに自分たちの血液型くらいは知ってるし、信じているのかどうかは知らないが、自己紹介する時にサラリと「嫌われ者の何々型で~す」なんて言ったりしている。

ところが、フランスだと本当に自分のさえ不明な人もよく居るし、家族となればもっと覚束ない。試しに義父に、「家族の血液型ってわかります?」(一応、いつも丁寧語で話している(^^))と訊くと、「え~と、私はO型で、妻は~・・・」と、既にここで雲行きが怪しくなってきた。「あ、彼女はB型で、長男は・・・。次男は確かBだよ。」「じゃ、じゃあ、我が夫は何型なんでしょう?」と訊くと、「う~ん、分からないなぁ。はっはっは。」

と、こんなくらいにどうでもいい話なのだ。

ちなみに、実は五年ほど前に、夫とともに、義父母に同じ話題を振ったことがあって、ふたりの血液型が分かったら、夫のも分かるかも、と訊いてみたことがあった。そして、そのとき答えていた血液型と、今回義父が言っていた血液型は違っていた・・・つまり、本当にそのくらいどうでもいいネタだと言うことなんだな、と改めて実感。

まあ、たとえ家族全員の血液型が分かったところで、で?と言う感じではあるので、血液型に対する捉え方の違いを楽しむと言うことで、調査終了。

一つだけ面白い発見があった。血液型にもプラスとマイナスの型があって、日本だとマイナス型はレアにしか居ないと聞いていたが、フランスはマイナス型も結構ザラに居るらしい。具体的な比率までは分からないので、これも調べたら面白そう。

きっと娘も産まれても、血液型は分からないんだろうなぁ。家族で当てっこクイズでもしようかしら(^^)

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lundi, août 01, 2011

パリ: 素敵な老夫婦

今日は義父母がお友達夫婦を家に招いてランチ。

一ヶ月半前、この方たちの家でパーティが開かれたのだが、疲れていた私だけ家に残り、息子が義父母とともに参加して来たので、今日会うのが初めてだった。息子のことをいたく気に入ってくれて、何度かプレゼントまでいただいていたが、今度は私にも会いたいから、と言う名目で、きっと義父母をいたわってお料理の準備をしてくれたのだろう。義母は、「美味しい料理がやってくるわ~♪」と大喜びだった。

義父母がずっと言っていたとおり、本当に素敵な方たちだった。奥さまの、それはそれは優しい笑顔。善人を絵に描いたような、澄んだ目に、包み込むような温かい笑み。所作のすべてが上品!ご主人は、何と、齢75にも拘らず、50代にしか見えない、朗らかで、陽気な紳士だった。

この方たちが持って来てくれた、テーブルに置かれたお料理の数々・・・!

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こちらは、チュニジアのお料理と言うことで、エキゾチックなスパイスが効いていて、実に香ばしく美味しかった。

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こちらは、とてもシンプルなポテトのオリーブ和え。ただ、こちらもスパイスが少し効いていて、ふんわりと香ばしかった。

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これに、クミンを使って煮たニンジンのお料理と小さなカブを加えて、前菜♪

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メインはお魚。厳格なオーソドックスのユダヤ教徒の方たちなので、豚肉は駄目だし、お魚のお料理をよく食べるのかな、とふと思った。

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お魚の付け合わせ。

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お魚のソースが、マイルドなのにしっかり味があって、もの凄く美味しかった。

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食後のデザートまで作って来てくれたご夫婦。フランボワーズとクリームのケーキ。フランボワーズ好きな私には、たまらない美味しさだった。

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こちらは果物の山。義父が今朝、息子を連れてわざわざ買いに行ってくれたので、記念に(^^)

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それにしても、お料理もさることながら、齢を重ねたフランス人の老夫婦のインテリジェンスと豊かな生活ぶりに触れられたのは、貴重な経験だった。

そして、70を過ぎても尚、お洒落心を忘れない奥さま。着ている服もイヤリングも、全てさりげなくお洒落で上品で、フランス人マダムの素敵さは一生ものなんだと痛感。さすが、女性は40歳から、と男性に言わしめる国。

ご主人は、日本や中国について、興味があったようで、根掘り葉掘り訊いてきたのだが、時々義父母が私よりも先に、詳しく説明をするのには感心した。いや、だって、「日本に最初に訪れたヨーロッパ人は?」と訊かれれば、即座に「ポルトガル人でしょう」と答え、「政治に関わってくるような重職に就いたヨーロッパ人は居たのだろうか?」と訊かれれば、義父が、「ウィリアム・アダムズと言うイギリス人が、将軍(家康公のこと)に仕えていたし、他にも居たよね」と、スラスラ答える。ウィリアム・アダムズとヤン・ヨーステンは、日本人でも日本史勉強した人しか覚えてないぞ~、と面食らいながら義父を見る。

中でも、イエズス会(ジュスイット)の宣教師の話が興味深かった。「近世の中国に行ったヨーロッパ人は主にどういう人たちだったんだろう?」「イエズス会とか、宣教師が多かったよ。」と、これも義父が答える。日本にもイエズス会の宣教師たちが来て居たが、国としては禁教の対象だった、と私が説明をすると、そうか、と腕組みをして何やら考えていた。イエズス会はヨーロッパでもよく知られているのかも知れないが、中国や日本の歴史のことまで興味を持ってこうして話す年配のフランス人の飽くなき知的好奇心には脱帽。

生活の豊かさと言うか、充実ぶりに関しては、ご夫婦の豪華客船での旅の話に圧倒された。ナポリやシシリア、ギリシアの島々を巡ってアテネにも行って・・・と、地中海の国々をまわる旅だったらしいが、聞いているだけで青い海に飛び込みたくなるような、楽しそうな旅だった。フランス人は、60過ぎて引退した後、こうして悠々自適な老後を楽しむのが一般的で、義父も来年リタイアするし、周りの友人たちの親御さんたちもリタイアして田舎に引っ越した、とか、普通に言っている。

ついつい、働き過ぎの自分の父に思いを馳せてしまった。フランス人の老後の暮らしぶりを見て、そういう生き方があったのか、と、もっとスローダウンしたらいいのにな、とか。

色んな話で盛り上がり、私にとってもとても刺激になった。

一期一会と言えるくらいのご縁かも知れないが、一緒に過ごせて幸いだった。歳を重ねるなら、こんな素敵な70歳の夫婦になれたら、なんて思ったのだった。

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