パリ: 姪っ子の誕生日
週末の一大イベントは、家に再び家族が集結して、姪っ子の誕生日ランチ。
イタリア人の義姉が取り仕切って、美味しいトラットリアでご馳走を頼んでおいてくれた。見た目も素晴らしい!

アペリティフのシャンパンを飲み始めた頃に、沢山のバゲットを抱えた義父と、息子を抱っこした我が夫と、薔薇の花束を抱えた義兄が現れる。
花束は、義兄と夫と私から義母への贈り物。お部屋が華やかになって、お誕生日の雰囲気がさらに盛り上がるかと。

姪っ子へのプレゼントの山。イタリアの義姉の実家でお祝いすると、更にすごいことになるらしい。

私はプレゼントの包装を担当。折り鶴と扇のデコレーションを付けたら、思いの外喜ばれて、嬉しかった。包装紙は、VOGUEを繋ぎ合わせて作った自前のもの。これも結構見た目がオリジナルでクリエイティヴになるので、自分流の味を出したければオススメ。家族は皆大喜びして、写真を撮りまくっていた(^^)

折り鶴を海外で折ってみた経験のある人なら分かると思うけれども、日本人にとっては初歩的で当たり前なこの工作は、外国人から見ると、驚異的に映るらしく、いつも驚かれ、喜ばれる。もの凄い手間がかかったと思われるので、そんな事はない、日本人なら誰でも折れる、と言ってもなかなか信じてもらえなかったりする。何れにしても、喜んでもらえる技を持てて、本当に良かった(^^)
興奮して、包装紙をビリビリ破いて開ける姪っ子の姿を見て、一同大笑い。「せっかく綺麗に包装したのに・・・!」と惜しがる義母に、「包装はそういうものですから~(o^^o)」と慰める私。桜と同じ。散る刹那が美しいのですな。
包装紙ビリビリ劇を見ながら、アペリティフを楽しんだ後は、イタリアンのメインのご馳走!



ワイワイ、ガヤガヤ、家族の会話が始まり、食卓が笑い声に包まれる。色んなトピックに花が咲く。
一番興味を惹かれたのは、サルコジ大統領の娘の名前がイタリア風だということで物議を醸していると言う話。大統領自身が移民の家族な上、古来から移民で混成されてきたフランスが、何で今更大統領の娘の名前なんかで騒ぐんだろうか、と不思議でたまらなかった。義父母や夫が説明してくれた事には、フランス共和国大統領と言うのは、日本で言う皇室のような国の象徴的な側面を持っている存在なのだそうだ。義父母の若い頃は、大統領は離婚も許されない、と言う時代があったそうで、フランスの文化や威厳を体現した栄誉ある存在であるべきと言う根強い考えが今もあると。国際化したパリ市内だけならまだしも、フランス全体で考えたら、その考え方の方が強い、と言う話だった。
まあ、あとは、きっと(ほぼ間違いなくw)奥様の尻に敷かれているであろう大統領が、そもそも命名に参画出来なかったんじゃないかと言う悲しい想像に、実はマッチョなフランス人男性たちが反応している部分も少なからずあるのかもしれない。
そんな興味深い話を聞きながら、チーズも食べて・・・

そして、ケーキ♪ 皆で、フランス語とイタリア語でバースデーソングを歌う。

40年ものの味わい深いワインを飲み飲み、甘過ぎず上品な味のおいしいケーキ(ガトー・オ・ショコラ)を食べる。

途中、お昼寝から目覚めた息子も加わって、いつもの如く、姪っ子たちは大興奮。息子も、破けたグシャグシャの包装紙を触ってご機嫌。
自分の息子もだが、姪っ子たちや日本に居る甥っ子&姪っ子たちを見ていて、子どもは本当に一人一人強烈な個性があって面白いなぁ~といつも思う。大勢の子どもと育つと、その中で自分の居場所を見つけようともがくのも、またひとつの個性になっていくし、親がどれだけ子どもの才能を信じて伸ばしてあげるか、も色んな個性の可能性に通じていくのだろう。
ひとしきり遊んだあと、義姉と誕生日ガールの姪っ子と自分の3人を残し、家族は皆でお散歩。姪っ子は家でずっと静かに絵を描いていた。義姉と私はお互いの出産の話、パリで働くこと・暮らすことの大変さについて、仕事と子育ての両立について、等々語り合った。
興味深かったのが、高齢出産についての考え方。働く女性が多いし、今は医学も発達していると言う考えからか、日本のように35歳以上は"マル高"みたいな大袈裟な扱いは受けない。義姉はキャリアを追求し、高いポジションに就いてから結婚・出産をしたので、最初の姪っ子を産んだのが35歳の時だった。ふたり目、三人目の時には、殆ど40歳になっていた。フランスではないが、彼女のイタリアに居る義妹も、初産が41歳、ふたり目が42歳の時だったそうだ。女性の生き方に多様な選択肢が出来てくると、どの国も出産のタイミングも遅くなって来る傾向があるね、と話す。義姉の父親もお医者さんなのだが、医学生だった頃、つまり60年近く前は、教科書にハッキリと、「29歳を過ぎた女性の出産は高齢でリスクがある」と書かれていたそうだ。そんな時代もあったのね、自分たちはとっくに超えてから出産したわね、と笑い合った。
その後、どちらも眠くなったので、シエスタ。皆が戻ってきた18時過ぎ位まで爆睡していた私。パリに居ながら、何となくイタリア風なゆったりの一日だった。
「安産でね~!」と口々に言いながら帰って行った家族たち。次に家族で集まる時には、もう産まれてるかな。



























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